華夏の煌き
 厩舎にいくと、馬たちに優しく話しかけている許仲典が待っていた。彼はもう厩舎の馬の世話係ではない。暴動の鎮圧などで活躍し、下位ではあるが将軍職に就いている。元々、高祖の代から仕えてきた名門、許家は多くの将軍を輩出してきたので当然でもある。慎み深い許家は安穏な時代になるにつれ、表舞台から退いていただけだった。

「あーなーた!」

 こっそりと紅美は許仲典に近づきとびかかる。

「こりゃあ!」
「きゃあっ」

 後ろから飛び乗った紅美を、許仲典はぶん投げる寸前で空中から引き戻し抱き上げた。

「脅かすでねえ!」
「だってぇー」

 その様子をちょうど通りがかった星羅がほほえましく見ていた。

「あ、星羅さんに、みられたぞ」

 新婚の二人は、夫を亡くした星羅に一応気を使って大人しくする。その気遣いを星羅もわかっているので明るく振舞う。

「仲いいのね。もうここには帰ってこないのね」
「ええ。残念だけどあたしはここで退場するわ」

 今日、紅美は軍師省を辞める手続きをしたのだ。以前の星羅の同期である徐忠正と同様に、紅美も軍師としての限界を感じていた。郭蒼樹が好きで、星羅をライバル視していた時ならいざ知らず、今は許仲典と結婚してその張り合う意欲も無くなった。
軍師試験に合格するくらいの能力の高い者は、その能力の高さゆえに己の限界もよくわかる。軍師省をやめた徐忠正はその高い能力を商売に発揮して、この飢饉の最中でも豊かで、個人の商家でありながら民の救済を行っている。

 紅美の能力も、夫になった許仲典に発揮されている。将軍職に就いたのは、彼自身の功績もあるが、紅美の進言や策も大きかった。彼女がいなければ、許仲典の階級はもう3つばかり下だろう。

「寂しくなるわ」
「うふふ。清々するんじゃなくて?」
「そんなこと」
「いいのいいの。あたしはこれから夫専門の軍師になるの。あたしのおかげできっと大将軍になるわよ?」

 自信満々そうな紅美に「おらはもうええ。出世するとめんどうだ」と許仲典が大きな息を吐く。

「ま! 持ってる能力を生かさないことは罪よ?」
「えー」

 紅美の考えには星羅も賛成だった。才をきちんと使う。適材適所を探す。これらに尽きると星羅も思う。二人の仲の良い様子を見ながら、星羅は明樹の言葉を思い出す。

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