華夏の煌き
 慶明の後ろから、下女だった春衣がそっと出てくる。

「晶鈴さま……」
「来てくれたの、春衣。ごめんね」
「いえ、わたしのことなど。次の職場を紹介してもらっただけでも……」

 春衣は慶明のところで働かせてもらえるように頼んでおいた。

「春衣のこと、頼むわ。とても働き者で気が利くの」
「ああ、よく知ってる。それと、これを」

 大きな袖の中から慶明は青銅の厚みのある板を一つとりだした。『中央医局 薬師 陸慶明』と書かれている印章だ。

「何かあれば、これを使うといい。便宜が図りやすくなる」
「いいわよ。使うことないと思うから」
「持っておけ。何かにはなる。地方でも役に立つから」

 遠慮する晶鈴に、慶明は無理やりにでも持たせる。手の中の印章の文字を晶鈴はそっとなぞる。

「それと、春衣」
「はい」

 春衣はさっと縄を手に持ち、慶明に渡す。縄の先には荷台を引いたロバがいた。

「これも持っていけ」
「宿場町には昼過ぎには着くだろうから、のんびり歩こうかと思ったんだけど」
「その身体でか……」

 身重の身体を心配して慶明が用意したのだった。

「邪魔になったら売れ」
「ありがと……」

 慶明の心遣いを素直に受け取ることにした。気が付くともう周囲は明るく、門は完全に開き、外から、内から、行き来するものが数名いた。

「そろそろ、行くわ」
「ああ……。困ったらすぐ便りをよこせ」
「ええ。ありがとう。春衣さよなら」
「晶鈴さま……。お元気で」
「またね」

 明るい笑顔をみせ、手を振りながら晶鈴は門の外へと出ていった。

「新しい日が始まるって感覚は何年振りかしら?」

 都には、陳賢路に連れられてやってきた。今度は、一人で好きなところへ向かうのだ。

「あ、一人ではなかったわ」

 まだ見ぬ子と、供のロバに笑んで遠くの青い空を見つめた。


 見えなくなるまで見送ったあと、慶明はふうっと大きなため息をついた。そのため息の意味を春衣はよくわかっていた。

「慶明さま。顔色がよくないです……」
「ふふっ。薬師の私がそう言われてはしょうがないな」

 慶明は、ふと春衣は晶鈴の子供の父親を知っているのではないかと考え、遠回しに尋ねた。

「晶鈴のもとに、男が尋ねてくることはなかったか?」
「さあ……。慶明さまくらいしか……」
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