華夏の煌き
 熱く燃えるようなまなざしを、少女に向けているのだ。自分に対しても、もちろん絹枝に対してもそのような視線を送っているところを見たことがない。絹枝はそういう男女の機微に疎いのか、慶明の星羅に対する熱視線に気づかないようだ。

「学問だけの女だもの」

 家事も、使用人に対する采配も絹枝は不得意のようで、今ではこの陸家を取り仕切っているのは春衣であるともいえる。

「あんな小娘に……」

 愛されていない形だけの絹枝は敵ではなかった。尊敬していた晶鈴の娘、星羅が強敵になって登場してきた。もう2,3年もすれば星羅は少女から花が咲き誇るような麗しい乙女となるだろう。その時に慶明が星羅に対してどう出ていくかわからない。星羅の育ての親は、慶明の口利きで都での生活が安定しているのだ。実の親子でないなら余計に、星羅を側室にと求められたら家族は拒むことはない。聡明そうな星羅も、正室の絹枝と仲が良いようなので嫌がらずに輿入れするかもしれない。

「こっちは老いる一方だというのに……」

 かさついた指先を見てこすり合わせ唇をかむ。

「早すぎてもだめだし、遅すぎてもだめ」 

 医局長で薬品のスペシャリストである慶明のそばに仕えているおかげで、春衣も薬草に詳しくなった。もちろん毒草にもだ。即効性のあるものも遅効性のあるものもよくわかっている。さらに容易に手に入れることができる。
 慶明が星羅を女として欲する前になんとかしなければと、春衣は手筈を整え始めた。
 

40 陸家
 星羅が陸家に出入りするようになると、教師の絹枝だけではなく、彼女の夫である陸慶明と息子の陸明樹にもよく顔を合わせるようになった。
 池のほとりの東屋で陸慶明は若いころは晶鈴によく世話になっていたと話してくれた。育ての母、朱京湖も知らない晶鈴のことを知っている彼に、星羅は熱心に話を聞く。

「それで、慶おじさまはその薬をどうしたんですか?」
「晶鈴の占いを信じなかったばっかりに、飲んで腹を下したよ」
「へえ!」
「それからは晶鈴の占いを一度も疑ったことがないんだ」

 陽気もよく、庭を眺めながら話が尽きないような雰囲気の中、書物を持ってきた絹枝が声を掛ける。

「あら、あなた。星羅さんの相手をしてくれていたの?」
「ああ、ちょっとだけね」
「今おじさまから母の話を聞いていたんです」
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