華夏の煌き
「ああ、晶鈴さんの。お会いしたことはなかったけど太極府では抜群の的中率だったらしいわね」

 こほんと咳払いをして慶明は席を立つ。

「では、私はこれで。いつでも気軽に遊びにおいで」
「ありがとうございます」

 去っていく後姿をすこし眺めて、星羅は絹枝の持ってきた書物に目を走らせる。学舎の図書室は古代思想家の哲学書と歴史書しかなかったが、絹枝は兵法書を所持している。

「これは高祖がわかりやすく書き直したものなんですよね」
「ええ。こっちは写本だけど本書は王宮図書館にあるの。それはもう保管されるだけの代物ね」
「じゃあまた写させてもらいます」

 星羅は布袋から筆巻きと竹の書簡をとりだし机に広げる。

「墨はここにあるから」

 絹枝はことりと墨壺を机に乗せる。絹枝には庭を愛でる趣味はあまりないらしく、何の花が咲いているのかも知らない。勉強がしやすい環境が大事だった。今日は室内よりも屋外のほうが程よい気温で、湿度もあり筆を走らせるのによいと思っている。星羅が写している間、絹枝は授業の進め方について考察し、メモを残している。さらさらと筆が静かに進む音だけが流れる穏やかな時間だった。

 それを打ち破るような春衣の声が聞こえた。

「ぼっちゃま、おまちください!」
「ほっといてくれて平気だから」

 賑やかなほうに目を向けると、陸家の長男、明樹が髪を振り乱し走ってこちらにやってきた。3つばかり年上の彼は、慶明によく似て背が高く、日焼けした肌は健康的だ。艶のある黒い髪はウエーブがかかっていて華やかに見える。

「お母さまただいま。やあ星羅」
「明樹さん幞頭はどうしたの?」

 髪をまとめ上げる赤い頭巾を懐から出し、「剣先が当たって破れちゃったんだ」と机に置いた。

「え? 剣先が頭に?」

 ぎょっとする絹枝に「実践じゃなくて型の稽古だから心配ないよ」と笑って手を振る。後ろに立っている渋い顔をした春衣にその頭巾を渡す。

「というわけで、縫っておいて」
「今はどうなさるんです? そんな好き放題の頭で」
「ん? これはこれで楽だからなあ」
「奥様からもおっしゃってください。身なりをもっときちんとする様にと」
「ああ、そうね。明樹さん、春衣の言うとおりになさい」
「へいへい。じゃ部屋に戻る。またな星羅」

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