カモミール
「俺、あの事故以来車の運転はしてないんだ。やっぱり怖くってさ」

「はい」

「俺、本当はずっと怖いんだ。また大切なものを失うのが怖いから、大切なものをつくらないようにしてる」

 心なしか涙声になっているような気がした。右隣に座る彼の横顔を見るが、サングラスのつるの幅が広くて横からでも目は見えない。しかし、目に涙をたたえてこぼれるのをこらえているように見えた。口元に当てる右手の拳は震えている。自分の膝に置いた彼の左手に、私は自分の手を重ね合わせぎゅっと握った。

 10年間、彼はひとりどういう思いで生きてきたのだろう。きっと自分の運転で娘の命を奪ってしまったと、呵責の念に苛まれていたのだと思う。それはきっと今でもそう。娘さんのことを思い出にするには10年は短すぎる。いや、一生彼は悲しい過去を抱えて生きていくのだろう。

 その後私たちは何も喋ることなく、ただ手を握り合っていた。
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