カモミール
 店を出ようかと思ったそのとき、店主と目が合った。

「いらっしゃい。1名様で?」

「はい…」

「お好きな席どうぞ」

 ぶっきらぼうな言い方だったが、そう促されて店を出るのは気が引けたので、人が少ない奥のテーブル席に座ることにした。ずぶ濡れの私を見て奇妙だと思われたかもしれない。椅子に座るとすぐにグラスの水とおしぼりを持ってきてくれた。それとタオルも。

「拭きな。風邪引くよ」

「ありがとう、ございます…」

「注文決まったらそのベル鳴らして」

 優しい、のか?

 タオルで頭や顔を拭きながらメニュー表を開いた。ハンバーグ、オムライス、ナポリタンなど、いかにも喫茶店といったスタンダードなメニュー。コーヒーの種類は豊富なようだ。お腹も空いていたので、私はナポリタンと食後にアメリカンブレンドを頼んだ。店はそんなに混んでいなかったので、注文した品はすぐに運ばれてきた。

「お待ちどおさま」

 無愛想にテーブルに置かれたナポリタンはいかにもおいしそうだ。この人が作ったとはにわかに信じがたい。一口食べると、柔らかいスパゲティとそれに絡んだまろやかでコクのあるトマトケチャップの味が口いっぱいに広がった。おいしい。おさまりかけていた涙がまたこみ上げてくる。私は泣きながらナポリタンを食べた。

 丁度ナポリタンをたいらげたあとで、コーヒーが運ばれてきた。正直、コーヒーの違いはよく分からないが、その温かいほろ苦さにほっとする。

 窓の外を見ると、雨はまだ降り続けていて、窓に雨のしずくがいくつもの線をつくっていた。いまだに頬を伝う涙は、この雨のようだとひとり自嘲気味に笑う。雨が止んだら出よう。しかし、雨も涙も止まることを知らず、ただただ流れ落ちるばかりだ。
< 2 / 24 >

この作品をシェア

pagetop