カタストロフィ


「Laissez-nous,Germain》,dit Villefort.
 Le domestique sortit en dominant des marques visible d’étonnement」

「うん、なかなか様になってきたわね。鼻母音の発音も綺麗よ。その様子だと、意味ももうわかるんじゃないかしら?」

「《ジェルマン、下がってよろしい》とヴォルフォールが言った。召使いは驚きを隠すことなく出ていった……まあ、こんな感じだろう」

「ダニエル、貴方ったら本当に語学の才能があるわ!たった2週間でだいたいの文法はマスターしたし、もう私が教えることはほとんどないわね。あとは語彙を増やすだけよ」

目を輝かせ、手放しで褒めるユーニスに、ダニエルは顔を赤らめた。
気恥ずかしいのか、唇をへの字に曲げているが、声からは高揚感が拭えていない。

「別に僕が凄いわけじゃない。ユーニスの教え方と教材が良かったからだ。それにしても、続きが気になるような終わりに持っていくのが上手いな。乗馬なんかサボって次の話を読みたいよ」

本の表紙をじいっと見つめるダニエルの瞳が危険に輝いたのを見て、ユーニスはしっかりと釘を刺した。

「サボったりなんかしたら没収しますからね。真面目にレッスンを受けなかった場合も没収よ」

「わかってるよ。でもペナルティーばっかりチラつかせられるのはやる気出ないなぁ」

よっぽど続きが読みたいのか、ダニエルはユーニスに熱っぽい視線を送った。
どうにかして今日中にまた読書する時間を確保したいという彼の熱意に負けて、ユーニスは条件を出すことにした。

「今日からは障害飛越を始めるのよね?3回飛び越えられたら、夕食後一時間読書していいわ。それにデザートもつけてあげる」

あまり乗馬は得意ではないダニエルには少しハードルが高かったかもしれない。
少し意地悪だったかと反省しそうになるも、ユーニスの懸念とは裏腹にダニエルは即答で了承した。

「言ったね?3回飛べたらデザートと読書、約束は守ってよ!」

「もちろんよ」

弾けるように立ち上がり、ダニエルは足取りも軽くユーニスの部屋を飛び出していった。
誰もいなくなった空間に、ユーニスのため息だけが重く響く。
張り詰めていた神経が解れ、だらしなくテーブルの上に突っ伏せば、もう動くのが億劫だ。

ダニエルと街に出かけてから2週間が経った。
出掛け先でのことは頑として触れられたくないようで、あれからその日の事は決して口にしない。
その為、約束を破ってユーニスが手を掴んだことにも言及はなかった。

そして、約束を破ったことよりも気になることがある。
それは、マンクの挿絵を見た時のダニエルの反応だった。


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