カタストロフィ

「とにかく、このままじゃまずいって思っていた。どうにかしてこの生活から抜け出さないとって。でも女性が一人で自立して生活するのに取れる手段は限られている。普通ならここで高級娼婦を考えるでしょうね。でも私の武器は美しさだけではないわ。人に教えること、特に子供を相手にすること、何より勉強は子供の頃から大得意だった。この容貌が邪魔になるリスクはあったけれど、女学校で学んで女家庭教師(ガヴァネス)として生計を立てていこうって決めたのよ。問題は学費だけれど、私には美しい顔と若い肉体があった。ここまで言えば、もう察しがつくでしょう?」

「叔父さんに体を許したんだね」

「そう、学費と寮費を出す事を条件にしたの。ちょうどその頃、母方の伯母が伯父と私の関係に気付いたの。そして伯父に色目を使った罰として、私の背中を焼いた。こうして父方の叔父は私を虐待から救うという大義名分を得て、堂々と屋敷に迎えたってわけ。そして背中の傷が癒えてから女学校に入学するまでの3ヶ月、私の体を思う存分楽しんだのよ」

「なら君も僕と一緒の被害者だね」

「一緒ではないわ。私の場合は処女をあげる代わりに学費をもらっただけ、ただの取引よ。でも貴方は違う。搾取された被害者よ」

「いいや、一緒だ。将来堅実な仕事に就くために選んだ手段ってだけで、同意なんかしていないんだから」

必死で見るまいとしていた碧い瞳に、ついにユーニスは囚われた。
心のどこかでそう思っていた自分を突きつけられ、ユーニスは激しく動揺した。

仕方なかった。
生きていくためにはああするしかなかった。
自分で相手を選び条件を引き出せたのだから、まだましなほうだ。

どれも、本当は嫌だったという気持ちに蓋をする為に並べた言い訳に過ぎない。
その言い訳を繰り返し自分に言っているうちに、ユーニス自身本心を忘れてしまっていたのだ。

急に世界が鮮やかに色づきはじめ、文字通り魂が洗われた心地に落ちる。
浄化された感情は大粒の涙となり、ユーニスの頬を伝った。
慌てて止めようとするが、決壊したダムのごとく涙は次から次へと溢れ出し、彼女の陶器のような肌を輝かせる。
その様を呆然と見ていたダニエルだが、ハッと現実に戻るなりポケットからハンカチを差し出した。

「ごめん、何か傷つけるような事を言ったんだね。無神経な振る舞いを許して欲しい」

跪き許しを請うダニエルに首を横に振り、ユーニスはハンカチを受け取った。

「違うわ、嬉しかったの」

「嬉しい?なぜ?」

困惑に満ちた表情の彼に、ユーニスは泣きながらも微笑んだ。

「貴方が、私の本当の気持ちを思い出させてくれたから。自分の心を守るため、嫌だと思ったことを忘れていたの。でも私より辛い経験をした貴方が、私も被害者だと言ってくれた」

ありがとうと呟いた声は、涙に濡れて震えていたが、しっかりとダニエルの耳に入った。
か細い声と、晴れやかな泣き笑いに心を掴まれたダニエルは、その瞬間ユーニスに対して今まで誰にも抱いたことのなかった感情を抱いた。


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