カタストロフィ

しばしの別れ



ユーニスは、ここ最近悩みがあった。
悩みの種は、教え子のダニエル・シェフィールドについてである。
貴族の子弟にあるまじき凄惨な過去を持つダニエルは、同じように苦労してきた自分と身分の垣根を越えて仲良くなった……はずだ。

(ダニエルがよそよそしい態度なのはなぜかしら?伯爵が領地に戻ってきてからだから、もう何日も経つわ)

なんでもすぐに顔に出てしまうダニエルのことだから、放っておけば何かしら対処法が見つかるだろうとタカをくくっていた。
それが、いつまで経っても対処法が見つからないどころか、彼の態度は日に日に硬化していくばかりだ。

まったく心当たりがなくて困っていたユーニスだが、ダニエルが久しぶりに顔を見せに来たその日、ようやく彼の態度がおかしかった理由がわかった。

「留学!?」

「うん、急だけど来年からパリに行く」

まったく悪びれることなくしれっとそう言い放ち、ダニエルはスコーンにクロテッドクリームをたっぷり塗りつけている。

アフターヌーンティーに誘われ、今日こそ何があったか聞くぞと意気込んでいたユーニスだが、想像もしていなかったその言葉に絶句するしかなかった。

何がどうなってパリに行くことが決まったのか、なぜ今なのか、いやそれ以前に、なぜ相談してくれなかったのか。
様々な言葉が頭の中で渦巻き、なかなか会話に戻れないユーニスを見て、ダニエルはスコーンにかぶりつくのをやめた。

「ユーニス、僕は誰にも何にも縛られることなく自由に生きたい。その為なら仕事はなんだって良かったんだ。たまたまヴァイオリンの演奏技術が人より優れたものだったからヴァイオリニストになると決めただけで、他のものに優れた才能があればそちらを選んでいただろう」

「音楽の世界にだってしがらみはたくさんあるわよ」

「知ってる、でも良いんだ。だって僕が自分で選んだ道だからね。あのまま父上の要望に従って進学したら、何か不幸が降りかかるたびに父上の言うことなんて聞くからだって思っただろう。人が用意した道で苦労するのは納得出来ないけれど、自ら踏み込んだ世界で苦労する分には構わない」


語る声こそ淡々としているものの、彼の蒼き双眸は爛々と輝いていた。

淡く上品に微笑んでいるのにどこか威圧感を感じるのは、きっとその熱い眼差しのせいだ。


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