カタストロフィ

ティータイム



「メアリー、フレッチャー先生、今日のティータイムは僕も一緒しても良いかな?」

メアリーにもらった美容液で顔色が元に戻ったその日の朝、突如ダニエルがやってきてそう言った。
一番歳が近く、一番美しい兄に懐いているメアリーは、ユーニスの返事も聞かずにすぐに了承した。

「お兄様がいるティータイムは久しぶりだわ!楽しみよ!ねぇ、先生」

無邪気に同意を求めるメアリーに、ユーニスは咄嗟に笑顔を作った。

「ええ、もちろんよ」

本当は嫌だった。
この前の一件で気まずい気持ちが芽生えてしまった以上、出来ることならあまり近づきたくはない。

「よかった、なら11時頃にまた」

用件を済ませるなりさっさと出ていったダニエルの背中を目で追う。
それはもう華奢とはいえず、骨格や肉づきがしっかりした大人の男性のものだった。
ユーニスの知るダニエルの背中ではなかった。

「先生」

不意にメアリーに声をかけられ、ユーニスは体の向きを変えた。
いつもは元気いっぱいの彼女の愛くるしい瞳が憂いを帯びている。

「お兄様、変わってしまったと思わない?」

「どうして?」

「……なんだか目が荒んでいる気がするの」

ためらいがちに、しかしはっきりとそう言うメアリーは、普段の勉強嫌いのお転婆娘ではなかった。
どう答えたものか、と迷ううちに、彼女の言葉はたどたどしく続く。

「最初は気のせいだと思っていたわ。でも、やっぱり気のせいではなかった。お兄様の作り笑いが上手くなっている。昔は感情がはみ出ていたのに、今はきちんと押さえ込んでいて、怖いくらい綺麗な笑みを浮かべている」

本心を曝け出し続けるのは、貴族の子弟としてはあまり褒められた行為ではない。
しかしダニエルはすでに貴族社会から身を引いている。
もはやそこまでマイナスにはならないその癖を、一体なぜ彼は治したのか。

「フレッチャー先生、私ね、お兄様がどれだこけご苦労なさっているのか、想像すら出来ないわ。たった17歳でベテランの奏者たちを抑えてコンサートマスターになるなんて、どれほど大変なことか」

メアリーの言葉は、自分のことで手一杯だったユーニスの心を抉った。
彼が愛を告白してきた時、話しも聞かずに一方的に拒絶したことを思い出す。

もしあれが、ダニエルの救いを求める声だったら?

あの時のダニエルは確かに様子が変だった。
なのになぜ、気にも留めなかったのか。

(こんなことで、よく教師を名乗れるわ!)

自分を引っ叩きたいほどの強い後悔と自責に心が呑まれそうになるも、ユーニスはすんでのところでそれをこらえた。

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