ちょっと不運な私を助けてくれた騎士様が溺愛してきます

その触り方は

助けてくれた女性騎士は、すぐ近くにあったカフェの二階へと案内してくれた。

「はぐれてしまわれたんですね? だったらここで待っていましょうよ、私もちょうど休憩時間なんです。ここなら下の様子もよく見えるし、その服の色なら下からも見えますよ。きっとすぐに皆様も見つかります。……それにエスター様はまだ、こちらへ来れる様子では無いですし」

 そう言われてエスターのいる方を見ると、確かに人集りで身動きが取れないでいる。

一緒に来ていたドロシーさん達の姿も見えない。


「エスター様も隊服を着て来るなんて……ただでさえ目立つのに」


 カフェの二階ベランダに置かれたテーブルに着くと、彼女が「この店はコレがオススメです」とグリューワインを奢ってくれた。

「私は第三騎士団所属のキャロンといいます。エスター様とは入隊時からの付き合いです」

「そうなんですか! 騎士団の方とはお会いする事がほとんどなくて……いつも、エスターがお世話になってます」

ふふっとキャロンさんは目を細めた。

「ククッ……なるほどねぇ」
「えっ?」
「エスター様から、シャーロット様のお話は聞いています」
「エスターが? 私の話を?」
「ええ、聞いていた通り、可愛い方ですね」

 キラリと艶のある黄色い目が私に向けられる。
長く黒い尻尾がゆらりと揺れる。
可愛いと言われて、私はなんだか恥ずかしくなった。一体どんな話をしたのかな……

照れている顔をごまかす様に、グリューワインをコクリと飲む。甘くて美味しい。コクコクと半分ほど飲んでしまった。

「入隊時、エスター様は私の後輩だったんです。今は上官ですけどね、この間の魔獣討伐までは同じ隊に居たんですよ」

「そうなんですねぇ」

 あの長かった討伐、女性騎士の方も居たんだ……。
魔獣、怖くないのかな? 騎士ってすごい……なんて考えていると、キャロンさんが何故かニコニコと笑って私を見ている。

「シャーロット様」
「はいっ」
「もしかして、酔ってますか?」
「ええっ? 酔ってないですよぉ~」

 グリューワインは本来なら、温めたワインにシナモンやフルーツ、ハチミツを入れた飲み物だ。ただ、祭りの夜は子供も飲めるようにジュースを使って作っていた。
そんな飲み物で酔うなんて……ん? このジュースって……ぶどう……

「でも、顔も赤くなってきたし、目も蕩けてますよ?」
「だ、だいじょうーぶ、でぇす」
うん、言葉も意識もしっかりしています。

「本当に?」

 キャロンさんは心配そうに私を見つめている。
美人でいい人だ。

……それにさっきから、彼女の頭上にある黒い耳がピクピク動く様が、なんとも可愛い。


すごく……いい

……あの耳は、柔らかいのだろうか?


「シャーロット様?」


 長い尻尾もゆらゆらと揺れ動く。
獣人さんの尻尾、一度触ってみたかったんだよね……。
エスターやレオン様は獣人だけど、耳や尻尾は無いし……。


キャロンさんの艶やかな黒い耳。

……触りたいなぁ。


「触っても……いいれすか?」

 キャロンさんの頭上の耳を指差し聞いてみた。
ビクッと耳が大きく動き、キャロンさんが目を丸くする。

……うわぁっ! かわいい。


「だめ?」首を傾げて聞いてみた。

触りたいなーっ……


「どうしよう……私」
ちょっと戸惑い気味だったが、キャロンさんは「まぁいいですよ」と頭を差し出してくれた。

 右耳に、ちょんと触れるとピクンと動く。

見た目よりずっと柔らかな毛に覆われた、形のよい三角の耳。

「うわぁ……ふわふわ」
指先で、スリスリと撫でたり優しく揉んだりしてみる。


「痛くは、ないれすか?」
「は、はい……痛くはないですが……」


 耳の付け根はどうなっているのかな? 
指先を這わせる様に撫でてみた。
耳の先より細い産毛が生えている。シルクの様な触り心地だ。

気持ちいい……

「気持ち……いい……」
「あ、あのっ、シャーロット様っ」

 なぜか離れようとするキャロンさんの左耳も触った。
片方だけだったから、変な感じだったのかもしれない……
 両方の耳に触れると、キャロンさんの表情はふにゃりと蕩けて、とっても気持ち良さそうに見えた。

 付け根と耳先を交互に触り、その違いを確かめるように撫でる。人差し指と中指で挟む様に撫でながら親指で耳の内側もツッと触れてみる。

うわぁ……

スリスリ スルリスルリ


「ちょっ……その触り方は……うっ……ダメ、シャーロット様……」




ーーーーーー*



 こんなはずでは無かった……と、キャロンは思った。

 今年の祭りの警護は、レイナルドとガイアの第三騎士団で担当する事が決まっていた。
だが、キャロンは今夜の警護担当では無かった。オスカー隊長も外れていた。( あの人は、妻と祭りに行きたいからという理由だ)
 昼を過ぎた頃、祭りの警護担当の者から、代わって欲しいと頼まれてしまった。一度は断りを入れたが「子供が産まれそうなんだよっ!」と言われて引き受けた。

 祭りでシャーロットを見つけたのは偶然だった。
急に警護中の会場が賑わしくなったと思ったら、微かにエスターの匂いがしてきた。それと同時に人々が、エスターが来ていると騒ぎ出したのだ。
 祭りに来たのか珍しい事もあるな、そう思っていると、近くにめちゃくちゃ獣人の印が付いている女の子がいた。
 竜獣人の印だということは、すぐに分かった。
オスカー隊長の妻であるティナ様は、何度か見た事がある。ならばこの子が、エスターの妻であるシャーロット……あの手紙の……。

 どうやら逸れてしまったらしく、キョロキョロと周囲を見回していた。

シャーロットは、ずば抜けて美人という訳でも無かった。
何だ、普通じゃない ……そう思った。

麗しい王女様達のそばに居たエスターが選んだ人、どれほどの女かと思っていたのに。

 しかし、すぐ側には彼女に声をかけようとしている男達の姿があった。( 男には魅力的なのかしら?)
どうでもいいと思い放っておこうとしたが、子供に押され、よろめいた彼女に手を差し出してしまった。
 ちょうど休憩時間だった事もあり、こうなったら話をしてみようとカフェに誘った。


 彼女は耳や尻尾を持つ獣人とは、あまり接点がなかったのだろう。


耳を触りたいと言われた。
こう言われる事はよくある。
獣人同士だと、ふざけて尻尾を絡ませたり( 挨拶のキスの様な感じかな) するのだから余り気にせず触れさせた。

……けれど


「しっぽも……触りたいなぁ」

シャーロットに甘く蕩けた目で見つめられ、キャロンはタジタジになった。

「いや、それは……これ以上は……」

ビクッと震え、キャロンはシャーロットから体を離す。


「……あっ」
さっきまで耳を触っていたシャーロットの手が、そのままの形で止まった。

「気持ちよく……なかったの?」

 ワインで赤みを増した唇を尖らせ、首を傾げたシャーロットがキャロンに尋ねる。

「ねぇ……キャロン……さん」
シャーロットは人差し指を唇に当て、強請るように聞いてくる。
「…………!」
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