シンガポール・スリング
7


え・・・・・



「彼女に会いに行ったら、こんなことになって。カフェに行ったら説明どころかあまりにも顔色が悪いから・・・・。未希子さんが振り返った瞬間に意識を失ってしまったの。救急車を呼んでうちでお世話になっている第一病院にお願いして今検査をしているところよ」

優美から発する言葉はめちゃくちゃで、相当動揺しているのがわかったが、レンもあまりのショックに携帯が手から滑り落ちた。

ウェイ・リンは失礼と言って席を立ち、携帯を拾うと母親と話し始めたが、事情を知ると目を見開き、レンを振り返った。ウェイ・リンは息子に目をやりながら、何も言わずに母親の話に耳を傾けているだけだったが、わかりましたと言って携帯をレンの手に返した。レンは携帯を数秒見つめていたが、まだ通話中だと知り携帯を耳元に持って行った。

「もしもし?もしもし?・・・レン・・・聞いているの?」

「はい・・・」

「両親や私のこと、会社のこともひとまず全て置いてよく考えてちょうだい。レン、あなたはどうしたいの?」

「どう・・・したいか・・・・」

「レンや、たぶんこれが最後のチャンスよ。もうこれ以上後戻りはできないわよ。もう一度未希子さんとのチャンスにかけてみるか、それとも未希子さん以外の女性と生涯を共にするか」

レンは振り向いて相手の二人を見た。
そして、母親、父親に目をやった。
携帯を強く握り、目を閉じる。
指先がかすかに震えているのが自分でもわかる。

自分は一体どうしたいんだ。

その姿を見てウェイ・リンはフンと鼻を鳴らすと、この年になってもまだ手のかかる子供だと呟き、ウェイターに4人分のグラスにワインを注ぐように言った。

「レン、お前は何に遠慮している?お前の人生だろう」

その一言にハッとし、視線を上げる。
父親の視線は鋭く、そして暖かかった。
英才教育を受け厳しい子供時代ではあったが、ウェイ・リンからの愛を疑うことは一度もなかった。
父親ウェイ・リンはレンにとって常に彼の道しるべとなってきた。

何をどうすればいいか定かではないが、一つだけ言えるのは今この瞬間頭にあるのは未希子のことだけだった。

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