シンガポール・スリング
男性には見覚えがある。
以前どこかの会合か何かで会ったことがあるかもしれない。今までの見合い相手同様、女性は整った容姿をしていて、軽くウェーブのかかった髪を計算されたように少しだけ前に垂らしてある。
「いえいえ、自分たちもちょうど今来たところなんですよ。娘の里奈と素敵な場所だと話していたところなんです」
「これは美しいお嬢さんですね。初めまして、ウェイ・リンと申します。妻のシャン・ウー、そして息子のレンです」
軽く会釈をすると、女性はレンを見上げながら頬を赤らめ、お会いできるのを楽しみにしていましたと会釈を返してきた。
「先日のシンガポール政府と提携して進められていたプロジェクト、記事で読みました。レンさんがシンガポールで指揮を執っていたとか」
「ええ、そうですね」
「シンガポール政府のコメントも読みましたけど、レンさんの手腕を高く評価されていましたわ。今後もシンガポール発展のためにレンさんと協力していきたいと書かれていて、そんな方と夕食をご一緒にできると聞いてワクワクしていたんです」
「ありがとうございます」
ははは。里奈、質問攻めにする前にまずは席についていただかないと。立たせたままでは失礼だぞという宗像の言葉を合図に、それぞれ席に着いた。その時レンのポケットの携帯がまた鳴った。
「すみません・・・・」
「お忙しいんですね。どうぞ、出てください」
スクリーンを見ると、また祖母からの電話だった。レンは何も言わず、電話を切った。
「大丈夫なんですか?」
「ええ。祖母からです。先ほど忙しいとメッセージを送ったので、後で掛けなおします」
すると、今度はウェイ・リンの携帯が鳴りだした。
ウェイ・リンは失礼と断ってから、電話に出るとかすかに祖母の声が外に漏れた。
「母さん、今忙しいんです。・・・・ええ、いますよ。・・・・ですから、今は夕食を・・・他の方もいますし、失礼です・・・・・わかりました、伝えます」
ウェイ・リンは携帯をポケットに入れると苦笑いしながら、母には頭が上がらないものですみませんと宗像と里奈に謝った。そして、レンに次の電話には必ず出るように伝えた。里奈はレンを見つめながら心配そうに声を掛けた。
「おばあ様、何か緊急の用がおありなのかしら?」
「さぁどうでしょう。うちの中では絶対君主なのでそれに反するとすぐ怒るんです」
レンはそう言って肩を竦めたので、小さな笑いが起こった。携帯がまた鳴りだしたので、失礼しますと席を立ち背中を向けた。
「もしもし?」
「レンっっ!!一体何度掛けたと思ってるの!!」
「ナイナイ・・・・今、夕食に来ているんです。他の方もいますし、あとで掛けなおし・・・」
「未希子さんが・・・・未希子さんが倒れたのよ!」