シンガポール・スリング


「で、お嬢さん。騒がしい者が来てしまってすみません。私はこの第一病院医院長の上村敏夫と言います。さっきから騒がしいのは息子の大樹。大樹とレン君は昔からよく遊んでいて気心が知れた仲なんで、許してあげてください」

小さくうなずくと、医院長はいくつか未希子に質問をした後、基礎的な診察とナースが残した記録に目を通して、血圧は少し落ち着いてきているようでよかったと口元を緩めた。

「医院長、この部屋個室ですよね?私こんな所に入院は・・・」

「マダム・リンからあなたに必要なことは全てするようお願いされているので、大丈夫ですよ。そんなことは気にしないで、早く退院できるようにがんばりましょう」

「でも、支払いが・・・」

「未希子が個室にしてくれないと、仕事ができないだろ?多分もうすぐ秘書が必要なものを持ってきてくれるだろうし」

「え?!ここで働くんですか?」

未希子はレンを見上げびっくりした表情で首を振った。

「だ、だめです。お仕事に行ってください!」

「いやだ」

「い、いやだって・・・・」

「未希子からは離れない」

まっすぐに言うレンに、目を大きく見開き、顔に熱が集まっていくのがわかった。

「は!未希子ちゃん、顔真っ赤。めっちゃかわいい」

上村がそう言うや否や、レンは未希子の頭を自分の胸に埋め込むかのようにぎゅっと抱きしめた。

「見るな」

「レンが惚れたのはあの表情だったんだな。確かにクラってくるわ」

「医院長、さっきの話はなかったことにしていただけませんか。大樹がこの部屋、入院棟に近づけないように指示してください」

「いや、俺は絶対に来る!未希子ちゃんと仲良くしたいもん」

「お前は出禁」

おいっ!なんだ出禁って?!ふざけんな!上村は父親にまたもや抑え込まれ、レンは未希子を抱きしめて離さなかった。

「とりあえず、もうすぐ看護婦が点滴の準備にくるだろうから。何か必要なものがあったらいつでも言うといい」

医院長はそういうと、まだ文句を言っている上村を押し出すように部屋から出て行った。

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