シンガポール・スリング
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退院の許可が下りたのはそれから4日後の朝のことだった。
未希子が完治していない状態で退院させるなんて藪医者だと上村を攻めたが、上村の話だとまだ通院する必要はあるが、ここからは薬で少しずつ治していけるため、早く家に帰りたいであろう未希子の希望に沿ったらしい。
「って言うか、俺、未希子ちゃんの担当医じゃないんだから俺に言ってもしょうがないでしょ」
「・・・・未希子、帰るぞ」
「レンさんは午後からでもお仕事に戻ってください。私はタクシーで帰るので」
「・・・・」
どうしてそうなるんだ?送って行くに決まっているだろう。
レンは上村からの答えにも未希子からの答えにも満足せず、いらだっていた。上村はそれを見てにやにやしていたが、レンがなぜいらだった表情をしているのか未希子には全くわからなかった。
「車が下に来ているから、準備ができ次第行こう」
「え?もう用意してくださったんですか?すみません。・・・あ、大樹先生、お忙しい中いろいろありがとうございました」
「ぜーんぜん。未希子ちゃんと仲良くなれて良かったよ。レンがデレデレしてるところも見れたし」
レンの睨みなどどこ吹く風といった様子で、上村はなんならお別れのハグとかしちゃう?と未希子に聞き返すと、レンはとっさに未希子の腕を引っ張り上村と距離を置かせた。
「どさくさに紛れて何を言っている」
「だーかーら。そうやって過保護になる気持ちはわかるけど良くないって。未希子ちゃんを縛り付けたりしたらだめだよ」
「縛り付けてるんじゃなくて、痴漢から守ってるだけだ」
痴漢ってなんだよ!痴漢って!!ハグするか聞いただけじゃんと猛烈に抗議する上村を素通りして、レンは未希子の手を引いて病室を出て行った。
「あ、あの!!」
??
「大樹先生をあのままにして大丈夫でしょうか?」
「あんな奴のこと気にする必要ないだろう」
「あんな奴って」
「それより、車で家まで送るが、荷物を持って俺の所に来る気はないか?」
「?どうしてですか?」
「部屋が余ってるし、未希子の体調をこの目で毎日確認することもできる」
「・・・・レンさん、気を使ってくださってありがたいんですが、お仕事の邪魔にはなりたくないので、家に帰ります。帰ってもただ寝てるだけですし」
「料理とかどうするんだ?」
「おかゆとか作って食べます」
「・・・・作れるのか?」
「も、もちろん作れます!失礼ですよ、レンさん!」
レンは考え込むように数秒無言でいたが、おずおずと未希子の頬に手をやる。
「・・・他に何が作れるんだ?」
「え?・・・・普通の料理なら。それに今はすぐ検索出来ちゃいますから、レシピに沿って作ればいいだけですし」
レンはじっと未希子の眼を見ていたが、元気になったら未希子の料理を食べてみたいとぼそりと呟いた。未希子はレンを見上げ、元気になったらお弁当作ってあげますねとほほ笑むと、レンはサッと横を向き口元を手で押さえ、はぁーと息を吐いた。