シンガポール・スリング
アイツ、馬鹿・・・・上村はハンドルに頭を預けて、はぁと大きくため息をついた。
未希子はどこに問題があったのかわからず、首を傾げて上村を見ていたが、何を思い立ったのかちょっと待ってねと言われ、上村は車の外に出て携帯をいじり始めた。
数分して車に戻ってくると、ハンドルに両腕を預け未希子のほうを見つめた。
「未希子ちゃんはこれからどうしたい?」
「??これからって?」
「もうレンとは会いたくない?さっき何度も携帯鳴ってたでしょ?多分レンからだと思うけど」
「・・・・」
もう諦めようと思ったはず。
なのに、諦めるどころか、心はレンをもっと欲していた。さっきレンを見た時に最初に頭に浮かんだこと。
どうしてそんなことをするの?
裏切られたと思った。
でも考えてみれば、私達は付き合っていないし、レンに告白されたわけでもない。
抱きしめられたり、キスをしてきたりするけど・・・。
だがその時、あることに気づいた。
唇にキスされたのは、シンガポールでのあの一回だけ―――。
入院中は小さい子にするように頬や額に軽くするだけ。
それでも未希子にとってレンを意識するのには十分だった。
でももしかしたら、レンにとってはあいさつ程度だったのかもしれない。
そっか・・・。そう言うことだったんだ。
やっぱり、勘違いしてたんだ、私。
「思ったより、早かったな」
上村の言葉に未希子はハッと顔を上げると、上村は車を降り助手席のドアを開けて、外においでと手招きした。
未希子は何だろうと車から降りると、上村が顔を近づけて小声で、これからすること、先に謝っておくねと言うと、突然未希子を抱きしめた。
「ちょ・・・ちょっっと!?」
ごめんね、未希子ちゃんと頭上から聞こえてくるものの、ぐっと体を押さえられ身動きが取れない。何が起きているのかわからず、未希子は振りほどこうとするが、腕ごと抱え込まれていて、押し返すことすらできない。すると後ろの方から、低いうなるような声が聞こえた。
「大樹。お前どうなるかわかっててやってるんだろうな」
え・・・・・レンさん・・・・?
未希子はレンの方を振り向こうともがくが、上村が頭をしっかり抑え込んでいて、息すらままならない。未希子は心の中で必死に違うんですと叫んでいたが、声にならなかった。
「レン。どんな気分?」
上村は呑気な声でレンに尋ねたが、レンは何も答えなかった。