シンガポール・スリング


「こんにちは」

その場にいた全員の動きを止めてしまうほど、冷たい声がカフェに響いた。

「大樹・・・お前何してるんだ?」

まるで天気の話でもしているように話しかけたレンだったが、細められた眼は背筋が凍りつくほど恐ろしく光っていた。

「えーっと。未希子ちゃんを・・・」

「未希子を?」

「・・・守ろうとしてるだけ。瀬尾君から」

上村に突然振られた瀬尾は真っ青になって、ブルブルと顔を横に振った。

「ちょっ、ちょっと待ってください!!何、変なこと言ってるんですか!!」

「だって、未希子ちゃんのこと、好きなんでしょ?」

「そんなこと一言も言ってないじゃないですかっっ」

上村と瀬尾が言い合っているのを無視して、まっすぐカウンターに足を向けたレンは「未希子」と優しく呼びかけると、カウンター越しから真っ赤になったままの未希子の後頭部をグイッと引き寄せそのままキスをした。
未希子は大きく目を見開き、レンの肩を押し返そうとするが、そんなものはお構いなしにどんどん深めていく。男三人はぎょっとしたが、レンは完全に無視していた。
やっとレンを満足させ、キスを終えた時には、未希子の眼は涙目になっていた。

「な、何してるんですかっっ!人の職場で」

「悪かった。未希子の言う‟公共の場”だというのをすっかり忘れていた。」

反省の色など全くなく、嬉しそうに未希子の頬を撫でると素直に謝った。
未希子は涙目のまま唇を尖らせ、全部、レンさんのせいですからねと憤慨した。
レンさんが大樹先生と飲みに行ってあげないから・・・

どういうこと?

「大樹先生、最近ここに来てはレンさんが相手してくれないって嘆いているんです」

未希子は涙目のまま、上村が愚痴っていたことを伝えた。

「・・・大樹、それホント?」

レンは視線を未希子に置いたまま、上村に聞く。

「あー・・・・愚痴ってたと言うか。どうしてるかなって。未希子ちゃんのコーヒーも飲みたかったし」

「最近よく来てたのか」

「え?」

「よく来てたのか。ここに」

「そんなには・・・」

ほぼ毎日来てましたね。
瀬尾がここぞとばかりにレンに情報提供する。

「へぇ」

「・・・・」

「そんなに飲みに行きたいんだったら、付き合ってやるよ。今晩」

「あ・・・今晩は忙しいかも」

「キャンセルしろ。いくつか確認したいこともあるし」

「・・・・」

―――未希子。悪いが今日は帰りが遅くなる。
レンは未希子にふっと笑うと、それじゃあと言って帰ろうとしたが突然立ち止まり「そういえば」と振り返った。

「瀬尾君・・・・でしたか。バリスタとしてずいぶん上達したと聞きました。今度ぜひコーヒーを淹れてください」

ストレートの瀬尾ですら顔を赤らめてしまうような、色気たっぷりの微笑みを投げかけると、今度こそレンはカフェを出て行った。

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