不器用主人の心は娘のもの

彼の思いつき

 翌朝の彼も上の空だった。

 コリーンが主人姿の彼に食事を運んできても、彼は娘がせめて執事姿の時にだけでも自分に慣れてはくれないかと考えていた。

「…御主人様?」

 コリーンが声を掛ける。

「何だ」

 少々苛ついた物言いになってしまったかもしれない。
 コリーンはそんな主人の様子を驚き呆然と見つめたが、すぐに気を取り直す。

「…まだお仕事のお考えの最中でしたら、こちらにお食事は置かせていただきますわ。また終わりになりましたら、お声をお掛けくださいませ」

 コリーンは食事を近くにある主人の机に置くと、頭を下げて出ていった。

 そこで彼はようやく気付く。
 自分は無意識に、考えごとをしながらテーブルの上を指でトントンと何度も叩いていた。そのため、コリーンはまともにテーブルを拭くことも食事を置くこともできなかったのだ。

 彼はため息を付くと自らテーブルを拭き、食事を済ませた。



 その日、街へ出ることになっていた彼は主人の姿のまま御者とともに馬車に乗り込み、取り引きの場に向かう。

 皆、彼の姿を見ると顔を引きつらせ道を開けた。
 それがいつものことだというのに、今日は特に娘の泣き顔が頭に浮かぶ。

 彼は何とかいつもの様子を装って用を済ませると、早々馬車に戻った。


 まだ主人の姿のままであるにも関わらず、思わず小さくため息を付く。
 今も頭から離れない娘の悲しげな表情。まさか娘一人にこんなにも自分が夢中になるとは。

 御者は馬車の中の彼に穏やかに声を掛ける。

「…御主人様、大変お疲れ様でございました。本当に、時には物で解決が出来たら楽でございましょうが…」

 馬車のすぐ外に構えていた御者の言葉に、彼は身を乗り出す。

「…物で?」

 彼の言葉に、御者は穏やかに頷いた。

「…そうか…!」

 彼はひとしきり考えたあと、御者に命じて街のある場所へと向かった。
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