不器用主人の心は娘のもの

あばら家の前で

 そんなある日、彼は屋敷の『執事長』として出掛けることになった。

 屋敷の者たちには表向き、執事長は主人の代わりに契約をしに出掛け、主人は自室に籠もり用務ということに。

 バラドには屋敷の用心棒を頼み、一人、屋敷に古くからいる御者とともに馬車に乗り込んだ。


 屋敷の『主人』という役目を『執事長』という姿で代わりにこなし、そして屋敷に戻るには少々早いというくらいの夕暮れ前の時間。

「…すまない、街外れまで頼む」

 執事姿の彼の、突然の指示。

「テイル様、街外れでございますか?」

 御者は突然のことに驚いたらしく、年配らしい声を少々ひっくり返しながら彼に問う。

「最近はなお一層治安が悪くなったそうだ。様子を見ておく」

 │憂《うれ》うように外を眺めて答える彼を見て、古くから彼を知る御者は彼の心境を汲んだらしく穏やかな笑みを浮かべ返事をした。

「はい、テイル様」

 御者も彼が主人であると分かっているはずのこと。しかし御者も、それに関しては何も問わずに屋敷に仕えてくれている。
 彼は心の中で御者に感謝をした。


 街外れに着くと、何やら荒々しい声が響いている。
 貧民街の家々の戸は固く閉ざされ、一軒の小さなあばら家の前でそれは起きていた。

 年頃であろう娘を、趣味の悪い、金で塗られた荷馬車に押し込もうとする男。

 彼女の両親らしい粗末な服を着た男女がそばで、震える声で借金返済が出来なかった許しを必死に願う。
 娘は倒れそうなほど震え、顔は涙に濡れていた。

 彼はすぐに気付く。

『人買い』。

 噂には聞いていた。
 多額の借金の代わりに幼い子供から成人を過ぎるかどうかほどの少年少女を、一部の金持ちや収集家どもに売りつけ大金を巻き上げる者たちがいると。

「…。」

 彼は馬車を離れた場所に停めさせ、御者が止めるのも聞かずにその足でそちらに向かった。
< 2 / 58 >

この作品をシェア

pagetop