不器用主人の心は娘のもの

売られいく娘

 なぜ気になったのかは分からない。
 しかし彼は放っては置けなかった。

「その娘を売るのか?」

 武道の腕前にも自信があった彼は近付き、男に冷たい声で問う。
 そちらの馬車からは二人ほど人相の悪い者たちが出てきたが、彼は全く│怯《ひる》むことなく続けた。

「私に売れ。言い値でその娘を買おう、我が主人が所望だ」

 聞いた娘はビクリと震える。

 彼は人買いたちに取引を持ち掛け、彼女の両親はなすすべも無く成り行きを見守っていた。


 金により交渉が成立すると男たちは満足をしたようで、さっさと自分たちの馬車で去っていく。
 彼はそれを見送ると、娘の両親に向き直った。

「お前たちの借金はこれで全て返済だ。もう、この娘は私が仕える屋敷の主人のもの。連れて行く」

 彼女の両親は自分の娘の行く先が噂の主人の屋敷と分かると、完済出来たことよりも娘の方が大切とばかりにその場に泣き崩れる。

 彼は今度は娘を引き連れ、自分の馬車へと戻った。


「…テイル様…」

 御者が不安そうにこちらを見る。

「…出せ」

 彼は威厳を保ちつつ、そう御者に命じる。
 娘は声も出せない様子で下を向き震えていた。

 一体自分はどうしてしまったのか。
 主人と執事長、二つの姿の生活を保つためにも、不必要に人を寄せたくなかったはずだった。
 それなのに、一目で気になった娘を家の借金を完済するような金で買い上げ、あろうことか自分の屋敷に上げようとは。

 馬車の中、彼は娘を横に置き何も言うことができないまま屋敷へ向かった。
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