不器用主人の心は娘のもの

笑ってほしい

 笑ってほしい、しかし彼女は自分に怯えたまま。

(執事の姿であっても怯えられたままになってしまうかもしれない…)

 そんな不安まで覚える。
 気付けばもう夕刻で、そろそろ主人の姿に戻り食事を摂らなければならない。

 しかし彼は食欲もわかず食事を断り、自室に籠もったまま。
 そして朝に彼女を膝に置いている時間がどれだけ自分にとって幸せであるかを思い出していた。

(…他人と関わることを嫌っていた私が、彼女を抱きしめて食事を摂らせるなど今までありえなかった…。小さく温かい彼女の身体…なぜこうも私は彼女を求めるのか…)

 彼は日暮れまでの時間、またぼんやりしたまま主人の姿で過ごした。


 主人として部屋へ来ると、彼はすぐに彼女を抱きしめた。

 身構えるように身を固くする彼女。

「…笑え」

 じっと彼女を見つめたまま、思わず口を突いた。

「え…??」

「笑えと言った。私の前で、笑ってみせろ」

 口から出たのは彼の切実な思い。

「そ、んな…」

 彼女は困惑の表情で小さく首を横に振る。
 彼はその頬に手を添えたあと、強く抱きしめ直した。

「…そんなに嫌か…私に見せるのは…」

 思わず呟く。
 彼はその晩も、届かない願いをぶつけることがないよう必死で抑えたまま彼女を抱いた。

(執事の姿で彼女に口付けるなど、私は取り返しのつかないことをまた…。なぜなのかは分からない…だがせめて…)
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