不器用主人の心は娘のもの

コリーンの苛立ち

「かしこまりました、テイル様。…しかしテイル様、『御主人様』には娘の心境を知られないようにしなければいけませんわね?あの子の様子を見ていれば分かりますわ。まさかあの子がテイル様を…。あの御主人様に知られたら、一体どのようなことになるか分かりませんもの」

 もちろんコリーンが自分に二つの姿があることくらい、教えていなくとも分かっているに決まっている。
 しかもわざわざこのような嫌味のようなことを言ってきたことはもちろん今まで一度もなかった。

 コリーンは最近、前よりもいっそう娘を大切に思って世話をしている様子だった。
 だからこそ娘を苦しめた原因でもある『執事長』である彼に、たまりかねてわざとらしく言ったのかもしれない。

 これはコリーンなりの反抗なのだろう。

「…コリーン、娘を頼む…これはお前にしか、頼めないのだ…」

 彼はコリーンに頭を下げる。

 コリーンは今まで頭を下げることのなかった『彼』に驚いたらしく一瞬目を丸くするが、すぐに少々わざとらしく小さなため息をついた。

「…もちろんですわ。あの子は、私の大切な『妹』同然ですもの。明日朝のあの子の入浴の許可も、お出掛けになられている『御主人様』にもちろん取っていただけますわね、テイル様」

 コリーンは語気を少々強めてそう言うと、頭を下げて部屋を出ていった。


 まさかあのコリーンがそれほどまでに娘を想いやっていたとは…

 コリーンは娘以外で、屋敷で唯一の自分の歳下。しかもあのコリーンが言うほどなのだから、屋敷の他のものもそう思っているに違いない。

 娘に対する、経験したことの無い感情、打ち明けることの出来ない葛藤。

 どちらの姿でも、今夜は彼女に会いに行ける気がしない。

 彼は彼女が来て一度もなかった一人きりの夜を、眠れぬまま過ごした。
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