不器用主人の心は娘のもの

彼の過去

………

 彼の両親はいつも仕事で不在だった。

 屋敷には昔から彼の世話を見てくれるメイドや爺ややバラドがいたが、両親はやっと帰ってくるといつもこう言う。

「私の愛しい息子、どうか私たちの跡を継いで、この屋敷の立派な主人に…」

 聞き飽きるほど聞かされたこの言葉。

(今日も帰って来ない…)

 自分は家庭教師たちに親のしている仕事を学び、多を学び、バラドに武道を教わり、自分なりにずっとやってきたつもりだった。
 両親はそんな自分の努力する姿も見ずに…


 そしてそんな両親は、ある日変わり果てた姿で帰ってきた。

 船での事故。
 彼のもとに戻ったのはかろうじて見つかった、両親の身に付けていた小さな遺品と奇跡的に残った財産のみ。

 残されたのは彼と屋敷と、彼のそばにいてくれた屋敷の者たち。

 彼の両親の仕事を支援していた者たちはみな離れていった。

(両親のようにはなりたくない…!)

 亡くなった悲しみよりも、もう二度と、自分の努力する姿を両親に見てもらうことができないという悔しさが勝った。

 家族である自分の姿も見ず、残ってくれる屋敷の者たちのことも顧みずに外で仕事ばかりだった両親。
 これから自分は、若くしてこの屋敷の主人としてやっていかなければならない。

 しかし両親に媚を売っていた者たちも、肝心なときには誰も自分たちを気に掛けてもくれなかった。

 彼は屋敷外の人間たちを信じられなくなった。

(…誰も信じるものか…!!)

 彼は屋敷に引きこもり、屋敷に残ってくれる者だけを残してひっそりとやり直すことを決意した。


 ある日彼は、執事の姿で屋敷の者たちの前に立った。

「私はこの屋敷の執事となった『テイル』。『主人』はどんな手を使ってでも屋敷を立て直すつもりとのことだ」

 屋敷に残り、自分や屋敷を支えてくれた者たちのため…
 亡くなった両親へ表すことのできなかった反抗心…

(皆、許してくれ…)


 彼は仮面を着け『屋敷の主人』として、自分たちに見向きもしなくなった者たちを見返しながら、自らの努力で屋敷を立て直していった。

 彼の地位しか見ることもせずに近付く者たちを突き放し、外の者たちには冷たく当たった。

 街の者たちはいつしか彼を『仮面を着けた冷酷な主人』だと噂した。

 これは周りを信じなくなった自分の代償。

 彼はそれでもいいと信じていた。
 『主人』の姿である以上はどんなことを言われようと、と。

 エイミに出会うまでは…

………
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