婚約解消しないと出られない部屋

3−3 今までありがとうございました



(よく考えたら、素直になっても婚約継続されませんわ!?)


 そうだ。私はジルフリート様に嫌われているのだ。
 両家の政略的な面を考慮しても、婚約の必要がないと言われてしまった今、私とジルフリート様を繋ぐものは何もない。
 私が一方的に好きだと告白しても、ただ生き恥を晒すだけなのだ。

 だから、私がするべきことは、心の整理をつけて、身をひくことだ。

 ……やっぱり、心の準備をする時間が欲しかった……。

「ジルフリート様」
「何だ」
「今までありがとうございました」
「――えっ?」

 ジルフリート様が、心底驚いた顔をして、驚きの声を上げた。
 こんな様子のジルフリート様を見るのは初めてだ。心の中のジルフリート様記念館の展示物が増えた。

「私とジルフリート様の婚約は、両家にとって必須のものではないとのこと。ジルフリート様が私のことを、目も合わせたくないほど、人として女性として好んでいないことは存じております。こうして二人でお会いするのも、腰を据えてお話しするのも、今日限りでしょう。今までありがとうございました」
「いや、待ってくれ。俺は君のことを嫌ってなどいない」
「……嫌ってないけれども、好んでいない……?」
「そ、そういう意味ではない!」

 では、どういう意味なのだろう。
 首を傾げる私に、ジルフリート様が尋ねてきた。

「君の方こそ、俺のことが嫌いだろう。俺がどこに誘っても応じないじゃないか。だから、婚約かぃ……ゲホンゲホン! したいのは、君の方じゃないのか」
「わ、私は、ジルフリート様のことを嫌ってなどおりません」
「……嫌ってないけど、興味がない?」
「そんなことは!!」

 勢い込んで否定する私に、それまで暗い顔をしていたジルフリート様が目を瞬く。
 そのまま、時が止まったように私達は見つめ合っていて、そのまま、目線を逸らした。

(ジルフリート様と、5秒以上見つめ合ってしまったわ。新記録!!)

 嬉しさ半分、現実逃避半分で、私は俯きながらこっそりガッツポーズをする。今日の心の中のジルフリート様記念館は入荷物だらけだ。


 で、一体どうすれば。


『あーもう焦ったい! 20分も経って何もないとか、あんたら何やってるの!?』
『アリアーヌ様、言葉が汚くなってる。落ち着いて』
『これが落ち着いていられますか! あ、でもこれは録画です。20分経過時点で流れる予定の録画です』

 絶対違う! 絶対違うよね!? 今、リアルタイムで私達を見ているよね!??

「いい加減にしろ、とにかくここから出せ!」
『えっ、兄さん、オレリア様との婚約解消するの?』
「しつこいぞ! いいから、そんなことに関係なく出すんだ!」
「……そんなこと…………」

 私の呟きに、ジルフリート様はハッとしてこちらを見る。

「オ、オレリア、その……」
「ごめんなさい、何でもないですわ!」

 いけないわ。
 言葉尻とはいえ、あまりに悲しくて反応してしまった。

 勢い込んで叫んだ私と、ジルフリート様の目線が合う。
 そして、いつものとおり、ジルフリート様に勢いよく目を逸らされた。

 …………。

「……私ったら、変なところに反応してしまって恥ずかしいわ。穴があったら入りたいくらい……」

 駄目だ、視界が歪んできてしまった。
 今日でお別れだと思うと悲しくて悲しくて、だけど貴族令嬢として毅然とした態度を取ろうと思っていたのに。
 なのにどうしよう、涙が溢れてしまいそうで仕方がない。
 こんなふうに私が別れを悲しんだら、優しいジルフリート様に気を遣わせてしまうと、分かっているのに止められない。

 救いがあるとしたら、泣きそうな私の顔を、目を逸らしたジルフリート様はまだ見ていないということだ。
 けれども、これ以上ここにいたら見られるのは時間の問題だ。

 ジルフリート様に、迷惑をかけたくない……。

 私は上手く瞬きをして、頬を伝わないようにスカートに涙を落とすと、改めてジルフリート様に向き直った。

「……ジルフリート様」

 駄目だ、少し声が掠れたかもしれない。
 私の声を聞いたジルフリート様が、パッとこちらを振り向いた。その顔は、慌てたような表情を浮かべている。

 そんな彼に、私は精一杯の笑顔を向けた。


「私オレリアは、ジルフリート様との婚約を、解し――」



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