好きだけど逃げ出したから……
(かえで)3名様お願いします」

私は見映えよく盛り付けた天ぷらを仲居さんに託す。

仲居さんはそれと共に他の料理もお盆に乗せると、いそいそと楓の間へと急ぐ。

旅館の18時台の厨房は猫の手も借りたいほどの大忙し。

私は、次から次へと天ぷらを揚げ、盛り付けていく。

それが終わると片付けが始まる。

男性ばかりの厨房。

力仕事も多いが、女だからできないと言われないよう、必死で頑張っている。

そうしてくたくたになるまで働いた後、旅館からすぐの所にある独身寮へと帰る。


寒っ!

冬至を終えたばかりの師走の夜は、山間(やまあい)ということもあり、耳が痛くなるほどに冷え込んでいる。

私は、コートの襟を立て、手をポケットに突っ込んで、歩き始めた。



料理人になるのは、私の幼い頃からの夢だった。

だから、高校を卒業すると、大学進学を勧める両親の反対を押し切って、私は、調理師の専門学校へと進学した。

ここは、学生時代、夏休みに住み込みでアルバイトをさせてもらってた旅館。

世話好きで気のいい女将さんがいる旅館で、訳あって、半年前から、またお世話になっている。


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