孤高の脳外科医は初恋妻をこの手に堕とす~契約離婚するはずが、容赦なく愛されました~
頭蓋骨切離が終わった後、一色先生から要求されるのは――。


「マイクロ、ホールゾンデ、メッツェンバーム……」


頭の中でシミュレーションして、口に出して唱えながら、手を動かしてエアトレーニングする。
硬膜剥離を経て術野を拡大したところで、霧生君も腫瘍へのアプローチを開始する。
そして、霧生君からも器具の要求が――。


「脳ベラください」

「……!?」


脳裏で描いた要求を鼓膜が捉えたことにギクッとして、私はパチッと目を開けた。
なにかの影が降ってくるのに気付き、ハッと息をのむ。


「……霧生、君……?」

「くも膜切開に入ります。マイクロ剪刀」

「っ、は、はいっ」


私は条件反射の返事をして――。


「焦らなくていい。混乱しそうになったら、一色先生の器械出しを優先して」


落ち着いた低い声に導かれ、隣に立った霧生君を見つめた。
彼も私を見下ろし、ふっと目を細める。


「余分な緊張は僕と一色先生が引き受ける。そう言ったでしょ」


穏やかに微笑む彼に、私の胸がとくんと淡い音を鳴らした。


「う、うん」


どうしてだか胸が熱くなって、ズッと洟を啜った。
泣きそうなのを自覚して、慌てて顔を背ける。
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