孤高の脳外科医は初恋妻をこの手に堕とす~契約離婚するはずが、容赦なく愛されました~
「……すみません」


短い謝罪が聴覚をくすぐり、惰性的に振り返る。
もっさりした男性が、きまり悪そうに頭を掻いていた。


「振られたの、僕のせいだ。まさか、捨て台詞吐いて逃げる男とは思わなかった」


抑揚の乏しい、低い声。
多分、『捨て台詞を吐いて逃げた』剛を、軽蔑しているのが本音だろう。
そのせいか、口にした通りの謝意は、いまいち伝わってこない。


「でも僕は、君がそんな男と結婚せずに済んで、よかったと思う」


歯切れ悪く続けたのは、自己擁護か私への叱咤激励か。
度の強い眼鏡に遮断されていて、その向こうの目がどんな風に動いているかわからない。


だけど――。
どうしてだか、見ず知らずの男性の言葉が胸を打つ。


惨めなのに。情けないのに。
こんな形で振られて、もうこの先二度と結婚のチャンスはないと悲観して、絶望する気持ちだって確かにあるのに。


――よかった……。
彼の言葉に後押しされて、何故だかホッとしていた。
自分の中にある安堵に気付いた途端、気も涙腺も一気に緩み……。


「うっ……ふううっ……」

「っ、えっ」


男性が怯んで、ギョッとした声をあげるのを聞いても、嗚咽が漏れるのを堪えられなかった。
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