孤高の脳外科医は初恋妻をこの手に堕とす~契約離婚するはずが、容赦なく愛されました~
百七十センチ弱の剛との身長差は、十センチ近い。
剛は顎を上げて彼を仰ぎ見た。


「ただの通りすがりで、こういうこと言うのも失礼だけど。僕には君が、母親におもちゃをねだって暴れる幼稚園児にしか見えない」


スレンダーでスタイルもいいのに、首から上がもっさりしたクマみたいな男性が、顎を引いて彼を見下ろす。
背が高いだけじゃなく、視線も声も態度もほんの少しもブレないからか、妙な威圧感が漂う。
圧倒されたのか、剛がごくりと喉仏を上下させた。


「子供が乳離れしなきゃ、母親は構う。息苦しいのは、君の自業自得だ」


続けて言われて、カッと頬に朱を走らせる。
その様を、まるで他人事みたいに眺めていた私は、ひくっと喉を鳴らした。


「っ……さよなら、霞」


剛は私に向かって、半ばやけっぱちに言い捨てた。
――確かに。
彼が言った通り、私は結婚を焦っていた。
だから、お節介に尽くした自覚がある。
それを剛には、『干渉して小言ばかりの母親』と思われていた――。
最後の言葉に、なにも言えなかった。


剛は私の反応を待たずに踵を返し、勢いよく駆け出した。
彼のスニーカーがレンガ畳を踏む音が、遠退いていく。
私はそれを耳で拾い、小さくなっていく背中を見送った。
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