孤高の脳外科医は初恋妻をこの手に堕とす~契約離婚するはずが、容赦なく愛されました~
ただ渡せばいいというものではない。
使うのは術者なので、立ち位置や利き手も考慮して、向きや角度に気を配る必要がある。


上手く渡せないと、器具を落としてしまったり、物によっては怪我をしたりする。
新人の頃は、外科医に『おっ』と思ってもらえる器械出しを目指し、夜な夜なあらゆる器具のエアトレーニングをしたものだ。
私がなんとなくしみじみした思いでいる間に、オペは粛々と進み、術野が開けたようだ。


「OK。ラスパください」


霧生君が私に右手を差し出した。
筋膜剥離に使用する器具を、パシッと音がするくらい、しっかり受け渡す。


この尖頭洗浄術は、局所麻酔下で頭蓋骨に孔を開け、硬膜下に貯まった血液をドレナージで排出するという内容で、一時間程度で終わる。
脳外科では初歩の初歩で、このオペで執刀医デビューする脳外科医が多い。
難しい手技はなく、唯一、硬膜を切開する際、血腫外膜を一緒に切らないようにすることがポイントだ。


たとえ一緒に切ってしまっても、オペの効果は変わらない。
だけど、脳を圧迫していた血腫から血が噴き出し、吸引除去に無駄な時間を要することになる。
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