孤高の脳外科医は初恋妻をこの手に堕とす~契約離婚するはずが、容赦なく愛されました~
もちろん、そうなった場合の物品も用意してある。
とは言え、霧生君の執刀なら使用することはないと思っていた。


今オペ、一番の山場。
第一助手が硬膜フックで硬膜を持ち上げたところに、霧生君がメスを入れ――。


「っ……」


息をのむのと同時に血が噴き出し、彼の目元のゴーグルにかかった。


「え?」


第一助手が戸惑った声を漏らす。


「すみません。吸引を」


霧生君が顔を背け、額に汗を滲ませながらも、淡々と指示を出した。
このオペでは、術中も患者の意識は保たれている。
ほんの少しでも声色が変わったら、不安を招いてしまう。


「はい。吸引機。ガーゼも」

「はい」


外回りが吸引機をセッティングし、私は第一助手にガーゼを渡す。
第一助手が吸引処置を施す横で、


「先生、ゴーグル交換します」


外回り看護師が霧生君のゴーグルを外し、新しいものに取り替える。
私は一度深呼吸して、一瞬跳ね上がった心拍を鎮めようとした。
額の汗を拭ってもらう彼の横顔を、ジッと見つめる。
――霧生君が『失敗』するのを見たのは、これが初めてだった。
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