"密"な契約は"蜜"な束縛へと変化する
「でも、この場所ももうすぐなくなってしまうんですよね。寂しいなぁ……」

樋口さんがシェアしてくれたパフェを見つめながら呟く。涙が止まったのに、また溢れ出しそうだ。大切にしてきたものが、どんどん変化していく。

「え? なくなりませんよ」

樋口さんの言葉に耳を疑った。ショッピングモールよりも先に駅前開発の話の方が先に出ていたから、この話は本決まりなはずだ。

「今の形ではなくなるかもしれませんが、移転の計画はあるそうですよ。ねぇ、マスター」

カウンターでコーヒーを淹れていたマスターに話しかける樋口さん。不意に話しかけられたマスターだったが、コーヒーを他のお客さんに出した後に私達の元へと立ち寄る。

「そうなんだよ、駅前が便利になるらしいから仕方ない。でも、今よりも少し駅から遠くなってしまうが店を新しく建てられることになってな。店も老朽化が進んできたから、寂しい気持ちもあるけど、前向きに考えてるよ」

「今度は新しく出来るショッピングモールにも出店を考えているそうですね」

「店で出してるフルーツサンドが好評でな、条件が合えば息子夫婦がサンドイッチ屋を出そうと考えているんだ。孫も産まれたし、俺もまだまだ頑張らなきゃな」

マスターはそう言いながら、満面の笑みを浮かべる。

そうか、駅前開発もマイナスイメージばかりではないんだ。長年、親しみのあった店がなくなるのは寂しいけれど、完全になくなる訳ではないのだから。
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