"密"な契約は"蜜"な束縛へと変化する
可愛く見えるのは樋口さんではないか。グイグイ押してきたかと思えば、急に引っ込み思案になる。そんなギャップが胸の内を刺激してキュンとする。

「樋口さん、今日は唐揚げなんでしょ? そろそろ、帰りましょうか?」

「そ、そうですね」

私も反応に困ってしまい、完食したら喫茶店を出る事にした。

「萌実ちゃんと秋ちゃんは付き合ってるの?小さな頃から見てる二人がそんな仲だとは、人生何があるか分からないもんだね」

お会計の時にマスターがそんな事を聞いてきたので、私は否定はせずに「実は、お付き合いしています」と答えた。そしたら、マスターは「お祝いだからお代は結構だよ。また二人で仲良く来てね」と言って、ご馳走してくれた。

喫茶店を出てから、「今日のお礼に次回来る時はお土産を持って来ましょうか?」と樋口さんに問いかけるが放心状態のようだった。樋口さんは私の言動に疑問を持っているようで、不思議そうな顔をしている。

「め、萌実さん、さっき……」

「はい、お付き合いしていますと答えました」

「え? いつから、そういう事に……」

樋口さんは目を丸くしたまま、私に問いかけてくる。

「今日からですよ。私、樋口さんとお付き合いする事に決めました。これから、よろしくお願い致します」

ペコッと頭を下げて、樋口さんに笑いかける。樋口さんは私の期待通りに顔を赤くして、「だから、不意打ちは困りますって……」と言った。

「そう言えば、樋口さんも喫茶店に昔から通ってたんですね」

「はい、そうなんです。元々、実家はあの裏辺りにありましたから。両親は兄夫婦が家を建てると言って同居する為に引越しました。なので、現在、実家はあの場所にはありません。萌実さんとも意外に近い距離にいた訳ですね」

「そうですね、もしかしたら、小さい頃に喫茶店で会っていたかもしれません」

共有出来る思い出。もしかしたら、私よりも街並みが変わりゆく事を悲しんでいるのは、表には出さないだけで樋口さんかもしれない。

これから先は、新しく思い出を塗り替えよう。樋口さんと共に──
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