囚われの令嬢と仮面の男
 扉のせいで見えないけれど、男の視線はベッドに向いているようだ。

 男の足が一歩二歩とここから遠ざかる。今朝も朝食を入れた紙袋を抱えているだろうから、それをテーブルに置いてから鍵を掛けにくるはずだ。

「マリーン?」

 男の背中を完全に捉えて、私はゴクリと唾を飲み込んだ。男はひとつきりの紙袋をテーブルの上に置いた。

 やったわ!

 扉が閉まるすんでのところで、私は手を伸ばし取手を掴んだ。と同時に、ぐぅぅ、と聞き慣れた低音が響いた。

 しまった、と思い、振り返る男と確実に目が合った。

「……っ!」

 男が息をのむのがわかった。私は慌てて取手を引いた。部屋を飛び出し、全速力で駆け出した。

 男の足音はすぐには聞こえなかった。逃げ切れているのを確信した。

 石畳みの、少しだけ長い通路があって、階段が見える。階段を登り切った先に木製の扉が現れて瞬時に嫌な予感がした。

 ドアノブを掴み、ガチャガチャと回しながら押したり引いたりしてみるけれど、扉はびくとも動かない。

 うそ、ここにも鍵!?

焦ってドアを叩きながら「なんで」と力なく嘆くと、背後から平たいため息が聞こえた。

「悪いな。扉はひとつじゃないんだ」
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