囚われの令嬢と仮面の男
 胸のあたりが苦しくなって、息を吐きだしたとき、血まみれで倒れる少年の映像が一瞬だけ頭のなかに浮かんだ。背筋がひやりと寒くなる。

 悪夢はいまだに消えてくれない。

 さっき。ピアノの鍵盤と向き合っているとき、朝に見た夢の映像をふと思いだしてしまった。

 右手の中指でソの音を弾いたとき、乾いた発砲音が頭のなかで轟いた。

 黒い銃口が狙っているのは少年の頭。真っ直ぐ飛んだ弾丸が少年の頭を打ち抜き、少年は地面に倒れる。

 半開きの目には涙。左手の甲には金魚に似たあざがある。自分がその日、銃で撃ち殺されることになるなんて、夢にも思わなかっただろう。

 呼び戻した記憶の映像が恐ろしくて、十二小節目を飛ばして鍵盤をたたいていた。

 実際のところ、私がその現場を見たわけではない。まだ六歳という幼さだったので当然だ。幼女の私は、起きた事実を人づてに聞き、勝手に頭のなかで創りあげた。

 銃で頭を打ち抜かれた少年の映像も、地面を赤く染める血の海も、私の想像でしかない。けれど少年が死んだのは事実だ。

 少年の名前は、イブ・アラン。当時、私と仲良くしてくれたお友達だった。
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