海であなたが救ってくれました
「琉花さんちの最寄り駅ってどこ?」


 とぼとぼとふたりで暗い夜道を歩いていると、彼が素朴な疑問として尋ねた。
 三つ向こうの駅だと告げれば、「ふぅ~ん」と興味があるのかないのかわからないような返事がかえってくる。


「ちなみに俺の職場は隣の駅」

「あ……そういえば海保の建物があるよね。巡視船が停泊してるのも見たことあるなぁ」

「そう、そこ。船は巡視船より小さい巡視艇かな。俺が乗ってるのは潜水指定船だけど」


 隣を歩く彼をそっと横目で盗み見る。
 半そでTシャツからのぞく腕の筋肉がかなりたくましい。海保の潜水士であると主張しているみたいだ。


「本当にいろいろありがとう」


 駅に着き、改札の前で私は再び小さく頭を下げた。


「琉花さん……じゃあ、またね」

「うん」

「元気出して!」


 改札を抜けたところで振り返ったら、彼はまだそこにいて。
 やわらかい笑みをたたえつつ、顔の位置まで上げた右手を私に向けて振っていた。

 その彼の姿に、不覚にも胸がきゅんとして熱くなる。

 昨日、四年付き合った彼氏と別れたばかりだというのに、もうほかの男性にときめくなんて、どう考えてもおかしいのだけれど。
 ドキドキと早鐘を打つ心臓を押さえながら、彼に手を振り返した。


 私たちは連絡先の交換をしていないことに、電車に乗ってから気づいた。
『またね』なんて由稀人くんは言っていたが、街で偶然会わない限り、互いに連絡の取りようがない。

 彼は終始、私を怖がらせないように気遣ってくれていた。思いやりのあるやさしい人だ。

 そんな彼と、もう二度と会えないかもしれない。
 その可能性が一番濃厚なのだと考えたら、家に帰ってから自然と泣けてきた。

 私はいったいどうしてしまったのだろう。海で流したのとは違う理由の涙だ。

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