赤ちゃんを授かったら、一途な御曹司に執着溺愛されました


父が亡くなったのは私が二歳の頃だったので、残念ながら私には父との思い出はない。だから写真でしか父を知らないはずなのに、優しい笑顔や私の頭を撫でる手つきなどがすぐ想像ができるのが不思議だった。

ついでに言えば、なぜか怒鳴っている姿やその声までも蘇ってきて首を傾げる。

まるで、実際にそうされていた記憶が残っているようだ。二歳の頃の出来事なんて覚えているはずがないのに。

というか、私、たった二歳にしてあそこまで怒鳴られるほど聞き分けのない子どもだったのだろうか……。

「あ、ねぇ、ちょっと膨らんできた! あと八分だって」

オーブン前を陣取っている麻里奈ちゃんが楽しそうな声を出す。

桧山家のキッチンはパウダーの種類が豊富だったので、ココアや抹茶、それにパンプキンやイチゴと色々な風味のクッキーを作ることができた。

こんなに色とりどりのクッキーを作るのは初めてだったから、麻里奈ちゃんじゃないけれど私もオーブンの前で出来上がるのを待ちたいくらいワクワクしていた。

生地の半分にはパウダーを練り込み、残りの半分は味は変えずにオレンジピューレやナッツを混ぜ込んだので、そちらも楽しみだ。

シンクや作業台の片づけを無事に終えると、久しぶりに家事をしたからか達成感があった。なので、清々しい気分で麻里奈ちゃんの隣に並んだのだけれど、こちらを見た彼女はなぜか顔をしかめていた。

さっきまではいつもの憎まれ口が嘘みたいに満面の笑みを浮かべて飽きもせずクッキーを眺めていたのに。



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