没落令嬢は今日も王太子の溺愛に気づかない～下町の聖女と呼ばれてますが、私はただの鑑定士です！～
まさか王太子に好意を寄せられているとは思えず、オデットは逃げるように身を引いた。

できる限り窓の方に寄って彼との距離を空けたのだが――。

「おっと、揺れるな」

高級馬車の乗り心地は抜群で、整備された石畳の道は心地よいリズムを与えるだけ。

それなのに揺れのせいにして、ジェラールが窓に片手をついた。

もう一方の手はオデットが頭をぶつけないよう後頭部に回されて、魅力的な唇が距離を詰めてくる。

「キャッ」

控えめな悲鳴をあげたオデットが硬く目を閉じたら、頬に柔らかいものが触れた。

鼓動は振り切れんばかりだが、唇へのキスに身構えていたためいささか拍子抜けである。

近すぎる距離は離され体勢も元に戻されて、オデットはキョトンとする。

「あれ？」

頬に手を触れ戸惑っていたら、ジェラールがプッと吹きだした。

「唇にしてほしかった？　ウブな君との仲は少しずつ詰めないとと思ったんだが、していいなら――」

「困ります！」

心臓が壊れそうな冗談はやめてほしいと首を横にブンブンと振ったら、ジェラールが眉尻を下げた。

「そんなに嫌？」

おそらくジェラールは女性に拒否されたことが一度もないのだろう。

まだ動悸が治まらないオデットは彼に背を向けるようにして深呼吸しており、見目麗しき王太子のプライドをまたしても傷つけたことに少しも気づいていなかった。





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