真田、燃ゆ

 薄く瞼を開けると、既に寝所の中は灯明も要らぬほど明るかった。

 気怠く重い身体を起こすと、開け放たれた縁側から流れ込む冷気が、睡気を拭うように頬を撫でていく。

 幸村は縁側の際に立って、東の山の端から明けていく、白い光に包まれていた。

 その後姿に、どんな言葉をかけるべきかぼんやり考えていると、背を向けたままの幸村が、自ら語り掛けて来た。

「儂が初めて戦場の土を踏んだは、十八の夏のことだ」

 天正の昔、上田原に侵攻した徳川軍を幸村の父、真田昌幸が迎撃し、完膚無きまでに撃ち砕いた戦い。
 恐るべき真田の伝説は、あの戦いから始まっていた。

「上田は小さな郷だ。武士も百姓もなく、皆が肩を寄せ合って暮らしておる。忍びの者とて、変わりはない」

「……」

「儂には共に育った女子がおっての。それが忍び頭の娘と知ったは後の話で、幼き頃は、その者が自分の姉と信じて疑わなかった」
 
 幸村の声は宙に遊んで、何処か楽しそうだった。

「その者が姉ではないと知ったは、十六の春だ。共に遠乗りに出掛けた沢の畔で、儂は初めて、女子の身体と云うものを知った。──その者の手ほどきでな」

 幸村は小さな笑い声を立てると、「あれから三十年も経つのか」と、独り言つように息を漏らした。

 幸村がそう云う以上、偽りでは無いのだろうが、俄には信じ難い話だった。
 
 日の本の何処に、忍びの娘が主家の男子と、恋人のように睦み合う土地があると云うのか。
 忍びなど何処の地でも、使い捨ての道具でしかない。
 自分が、そうであったように。

「儂は、その女子を好いておった。武家の端くれであれば、嫁取りが自由にならぬは識っておったが、胸の内では、その女子の他に、自分の嫁と云うものが思い浮かばなかった」

「──そのお方は、今何れに?」

 釣り込まれるようにそう訊いてしまった事を、直ぐに後悔した。

「初陣の折、儂の身代わりとなって死んだ。胸に流れ矢を受けてな」

< 8 / 13 >

この作品をシェア

pagetop