真田、燃ゆ
幸村はゆっくりと振り返ると、組んでいた両手を解いた。
「儂は、血汐に塗れてこと切れたその者の骸を抱いて、何時までも泣いておった。そうしたら、騒ぎを聞いて駆け付けた父上に、足腰立たなくなるほど殴られ蹴られたわ」
幸村は微苦笑を浮かべ、父昌幸の言葉を繋いだ。
「父上はこう云われた。武家は泣いてはならぬ。ぬしがそのように懦弱な故、その者は命を落としたのだ。その者の死を悼むのなら、二度と戦場で泣いてはならぬ。主が懦弱なれば、配下と領民が血汐に塗れ、命を落とすのだ。そう心しておけ、とな」
幸村は自分の両の掌に視線を移し、語り続ける。
「儂は、強くなりたいと思った。もう目の前で、愛しき者共が血汐に塗れる姿を見るのは御免だと」
「……」
「以来、父上から兵法の手ほどきを受け、一流の師を呼んで刀槍の術を修めた。忍び頭から、忍びの術を教わりもした。ちなみに、あの才蔵は儂の下で戦忍びを束ねる者だが、同じ師から学んだ儂の兄弟弟子でもある」
絶句するしか無い。
忍び上がりの武将は耳にしたことがあるが、主家の男子が一介の下忍の如く、忍びの技を修めるなど──。
「父上には呆れられたが、戦忍びを使う以上、忍びの息遣いを知りたかったのだ。忍びが何を感じ、何を考えおるのか。それが分からぬ内は、策も下知も伝えられぬと思った」
柔和な表情のまま語り続ける幸村を、震えるような心で見詰めていた。
これが、真田の兵法なのだ。
足軽の目線に立ち、忍びの息遣いを感じながら兵を進退させる。
徳川の将が束になっても、到底幸村一人に敵うまい。
幸村の言葉は続いている。
「だが関ヶ原の始末で、儂と父上は紀州へ流された。真田の家は兄上が守ってくれた故、儂はそれで良いと思った。他の者は何と云うか知れぬが、兵も無く戦も無ければ、愛しき者共が血汐に塗れる心配も無い」
「では、何故……?」
幸村は豊臣家の招聘に応え、大坂城で将旗を掲げる気になったのか。