君との恋の物語-mutual dependence-
「ごめんなさい。さようなら」
そう言ったのは私。だから、別れて寂しいなんて、そんなこと言えないし、思う権利なんてない。
そう思ったら、部屋から出られなくなった。
誰かに話したいとも思ったけど、話してしまったら、口に出してしまったら、もっと辛くなる気がした。
別れたことに変わりはないし、事実なんて変えようがないのは当たり前なんだけど。
この頃の私はまだ、事実を受け入れることができていなかった…。
いや、今も受け入れられていないのかも。
それこそ、誰にも相談なんてできないけど。



誰にも会いたくないのに完全に繋がりがなくなってしまうのは怖かった。
だから、携帯の電池が切れないように、充電だけはしていた。
私は、自分のこういうところもあんまり好きじゃない。
自分からは何もできないとか言って何もしないくせに、誰かに助けてほしいと思ってる。
ホント、嫌い。
そう。今回だって、自分のそういうところが原因で別れたんだもん。
バイトのことも、自分からは何もしてない。恒星はずっと、店長に話した方がいいって言ってくれてた。なのに、私は何もしなくて、心配してくれた詩乃君が電話してくれて、そしたら、それが恒星に知られてしまって…なのに私は、そこまでいろんな人にしてもらったのに、まだ恒星に助けを求めて、怒られて…そりゃそうだよね。
恒星からしたら、「だから言ったじゃん」てなるよね。
それなのに、私はただ優しくしてほしいってわがまま言って…挙句、詩乃君と比べるようなことまで言って…。最低。
今だって、こうやって閉じこもって、自分を最低最低って思い続けてるだけ…。
もうどうにもならないのに…無理なのに…。恒星は、もう戻ってきてくれないのに…。

戻ってこない?当たり前じゃない。私が悪いんだから。
そう思ってるなら自分から連絡するしかないじゃない。

だめ。できない…だって、そんなことして、拒否されてしまったら、今度こそ絶対に耐えられないもん…。

そんなことばかり考えていたら、いつの間にか5日も経っていた。

この終わりのないネガティブ思考のループから救ってくれたのは詩乃君だった。
詩乃君が、私を心配してメールをくれた。
恒星に連絡しようと携帯を開けたら、届いていた。
その時私は思ったの。



恒星は、私のことなんかどうでも良くなっちゃったんだなって…。
どうでもいい人にメールなんてしないもんね。

自分が悪いのに…私のせいなのに…まだ人のせいにしようとする自分が本当に嫌い。
大っ嫌い。

でもいいの、詩乃君が心配してくれたから…。
もういい。私は自分が嫌いだけど、大事に思ってくれる人がいるなら…
そうやって、また嫌いな自分から逃げた。





小山駅近くの桜並木。
久々に外に出た私は、誰も見てないのに周りの目が気になって仕方なかった。
1人は嫌…早く来て…

私がついてから、30分くらいで、詩乃君は来てくれた。
『よう。』
なんて言ったらいいかわからなかった。

『お茶でもしに行くか?』
なぜかわからないけど首を振った。
2人だけがよかった。
『じゃ、川辺に行こう。座って話をしよう。』
詩乃君は、そう言うと勝手に歩き出してしまった。
待って、嫌!行かないで!
そう思ったのと、体が動いたのがほぼ同時だった。
詩乃君の手を掴んだ
「置いていかないで。」
怖かった。ただ詩乃君の手を握って見つめることしかできなかった。
『大丈夫だ。置いていかない。そもそもお前に会いに来たんだぞ』
よかった。
どこにも行かないでくれるなら、もう怖くない。

しばらく歩いた後、ベンチに並んで座った。
このまま一緒にいてくれるなら、もう他のことなんてどうでもよかった。
もう、1人じゃない。だったら、これ以上自分を追い詰める理由もないような気がしてしまった。
でも、だめだ。
わざわざこんなところまで来てもらったんだもん。ちゃんと話さなきゃ。
でも、なんて切り出したらいいかわからない…。

それからしばらくは、なにも言い出せなかった。
やっと話し始めた時には、もう10分くらい経ってたと思う。
「私、一人になっちゃった。」
どうにかしてこれだけ言ったら、続く言葉は出てきた。
「私、この間詩乃くんに言われたことが、あの時はショックで、でも、そもそもショックだって思うのは、心のどこかでは、当たってると思うからで。。そしたら、なんか一人じゃ処理できなくなっちゃって、恒星の、バイト先に押しかけて、待ってたの。」
うまくまとまらないけど、詩乃君ならきっと、わかってくれるよね?
「私はただ、恒星に真っ直ぐに向き合ってほしかったの。んん、真っ直ぐに向き合ってるところを見せて欲しかったんだと思う。詩乃くんに言われたことを、否定してほしかったの。私の不安をただ消してほしかった。そしたら、今まで俺のなにを見て来たんだって怒られて。それで、ケンカになって。私、どうして優しくしてくれないのてって、詩乃くんは優しいのにどうしてって聞いちゃったの。私が、誰か別の人のところに行ってもいいの?って。そしたら、恒星が急に冷静になっちゃって。もういいって。俺達はもうダメだって。私、その時初めて自分がどれだけわがまま言ってたかに気づいて、謝りたかったのに、どうして私だけが悪いみたいにいうの?って思っちゃって。それで、もう自分の汚いところを見せたくなくて、逃げてきたの。もうおわっちゃったんだなって思ったら、悲しくて、なにもする気にならなくて。それで…それで…」
その先は言葉にならなくなった。
一度涙が溢れたら、もう全然止まってくれなかった。
ただただ泣いた。
何も言えなかった。


私が落ち着いた頃、黙っていた詩乃君が、話してくれた。
『さぎり、きついことを言うようだけど、その恒星とか言うやつことはさっさと忘れたほうがいい。で、俺と付き合ってくれ。俺があの日にあんなことを言ったのも、彼氏のフリして電話したのも、お前に振り向いてほしかったからだ。お前が今誰を一番に思っているかは、今日メールをくれたことでよくわかった。なに、付き合えって言っても今すぐにじゃない。ちゃんと気持ちの整理ができてからでいい。いいか?俺は逃げない。付き合うとか付き合わないとかは関係なく、俺は出会ってから今までさぎりから目を逸らしたことはないし、ケンカになることも覚悟で本音だけを言って来た。それに、彼氏とは喧嘩できなかったのに俺とはケンカできただろ?つまり、さぎりも俺とは向き合えてるってことだ。だから、簡単だよ。あとは俺を信じればいい。ちゃんと気持ちが整理できたら、あとは俺と一緒にいればいいんだ。俺にだったら、どんなに弱音を吐いても甘えてもいい。俺にとってお前は、さぎりは一番だ。何よりも優先してその不安を取り除いてやるし、甘えさせてやる。いいな?いつまでも待っててやるから、ちゃんと気持ちを整理してこいよ?あと、学校にはちゃんと出てこい。元カレのことなんて忘れろ。学校には友達だって先生だって俺だっている。全然一人じゃないだろ?心配すんなよ。』
ここまで言ってくれたのに、私の心は安心で満たされなかった。
恒星に怒られたこと、詩乃君に少なからず想いを寄せていたことへの罪悪感、漠然と気になる周りの目、1人は嫌だという甘え。色んな感情が入り混じって何も言えなくなった。


この日はそのまま帰ることになった。
何も言わずに見送ったけど、本当は帰ってほしくなかった。
もう無理。
わがままなのはわかってるけど、1人でいることに耐えられない。
でも、このまま甘えてしまったら、もう自立できない気がした。

どうしたらいいんだろう…?






次の日からは、学校に行った。
いつまでも引きこもってるわけにも行かないし。
学校では友達に心配されたけど、皆深くは聞かないでいてくれた。
多分、私の手から指輪がなくなっていたからだと思う。
今回ばかりは皆が普通に接してくれたおかげで、私は少し気持ちが楽になった。
皆と一緒に授業を受けて、一緒にお昼を食べて、一緒に帰ってたら、確かに孤独感は無くなった。
詩乃君が言ってた、「学校には友達も先生もいる」って言うのは、確かにその通りだと思った。
でも、やっぱり何かが足りなかった…。





それから2週間の間は、詩乃君とは連絡も取らず、なるべく顔も合わせないようにした。
寂しかったけど、私にとって詩乃君がどんな存在なのか確かめたかった。
会わずにいたら、忘れられるかな?とか、詩乃君は本当に私のこと好きでいてくれてるのかな?とか、考えても意味がないとわかってるのに、なぜか考えるのをやめられなかった。
この時の私は、自分がどれだけ馬鹿なのか、わかってなかったみたい…。

こんなふうにして1人、“考えるフリ“をしてた私は、「詩乃君が私を信じてくれるなら」って、また自分で決めなきゃいけないことを人に押し付けて、詩乃君と付き合うことにした。
皆あんなに心配してくれたのに、そんな人間関係も捨てて、私はずっと詩乃君と一緒にいることを選んだ。
ずっとと言うのは、文字通り、いつでも一緒にいると言う事。授業も、お昼も、放課後も。
そしたら、いつか私の心に空いた大きな穴を詩乃君が愛情で埋めてくれるなんて思ってたの。
心に空いた穴を、すぐ別の誰かに埋めてもらおうなんて、間違ってる。
でも、この時の私は、そう思えなかった。






詩乃は優しい。
私が何も言わなくても、助けてくれたし、会いに来てくれた。
だから、もういい。
他にはなにもいらない。
詩乃がいてくれれば、何もいらない。
友達も、恒星も。
そう。いらないの。詩乃がいるんだから。
いらないんだってば…


なのに…どうして消えてくれないの?





なんで?





もう、いいんでしょ?
私のことなんかどうでもいいんだよね?








なのに…。なんで…?
























なんで消えてくれないの?

















恒星…。








いつまでもこんな気持ちでいるわけにもいかず、でも1人になって考え直すとも言い出せず、すべてが中途半端なまま時間だけが過ぎていった。
詩乃と一緒にいないとすぐに色んなことを考えてしまう私は、本当はいつでも詩乃と一緒にいたかった。
詩乃と一緒にいる間は、いつでも詩乃のことだけ考えていられたし、愛されている実感が湧いた。
いつでも欲しい言葉をくれたし、全身で愛してくれた。
愛されて、満たされて、でも、素に戻ると悲しくなった…。
理由はわからない。なのに、涙が出た。
詩乃は、いつも気づかないふりをしてくれてたんだと思う…。


なんで?

私は今、とっても幸せなはずじゃない。

かっこよくて、頭がよくて、優しい彼氏に愛されて、忙しいのに、いつも一緒にいてくれて、いきなり泣いたって許してくれて、寂しい時は迎えにきてくれて、慰めてくれて、抱いてくれて…こんなに大事にされてるのに、私は一体何が悲しいの…?

自分のことなのにどうしてこんなにわからないの?

誰か助けて…。詩乃…。



























『さぎり?』
え?
「ごめん、ぼーっとしてた…。」
『大丈夫か?』
「うん、ごめんね。」
ホテルのベッドの上。
2人並んで横になっていた。
詩乃が、私のバイト先まで迎えにきてくれて、そのまま泊まりにきたんだ…。
嫌なこと…いや、自分に都合の悪いことを全て忘れさせて欲しかった私は、何度も詩乃に抱いてもらった。
真っ白になるまで抱いて欲しかったから、男の人が喜びそうなことを自分からいっぱいした。



子供ができたら、詩乃と今すぐ結婚できるかな…?
そんな馬鹿なことも、頭の片隅で考えながら…。
『さぎり』
「なぁに?」
『心配するな。俺はこれからもずっと一緒だ。さっき言ってたけど、子供なんかいなくたって俺はずっと一緒にいる。』
詩乃も、私の心を読んでるみたいだった。も…?
いや、私がわかりやすいだけだね、きっと。
「ありがとう。大好き。」
何度も抱いてもらって、身体は限界なのに、頭はまだ考えることをやめられなかった。


真っ白にならない…。

忘れたいのに忘れられない…。


なにが?なにがそんなに忘れられないんだろ…?
今目の前に素敵な彼氏がいる。
もうそれだけでいいじゃない…。

まただ…。
また涙が出る…。

今日も、眠っている詩乃の隣で息を殺して泣いた…。














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