敏腕パイロットは純真妻を溢れる独占愛で包囲する
串カツ屋
 もつ鍋屋も串カツ屋もお世辞にも女性とのデートにふさわしい場所とはいえないだろう。

総司だって高級な店や女性を連れて行くのに良さそうな店くらい知っている。

でもそういう店でなかったからこそ、可奈子は警戒せずについてきたのだと思う。

 あの日ホテルで待ち合わせて、ふたりは賑やかな大阪の街に繰り出した。そして串カツ屋の赤い暖簾をくぐるなり彼女は目を輝かせた。

「うわー」

 声をあげてすぐに慌てたように口を押さえる。素直な反応が可愛かった。

「びっくりした?」

 問いかけると、彼女はキョロキョロと店内を見回してやや声を落として言う。

「イメージしてたお店そのままです」

 その顔にはわくわくしていますと書いてある。

 よかった、こんなところは昔の彼女のままなのだと、総司の胸が温かくなった。

 店員に促されて、カウンター席に並んで座る。いつもひとりで来ている場所に彼女がいることが新鮮でまぶしかった。

「お、兄ちゃん! やっと連れてきてくれたんやな! よし、今日はサービスしたるでー」

 さっそくカウンターの向こうにいる大将から声がかかる。威勢のいい関西弁に可奈子が目を丸くしている。

「大将、こんばんは」

 総司が答えると、なんのことかさっぱりわからない様子の可奈子に大将が説明を始めた。

「この兄ちゃんよく来てくれるんやけどな。パイロットやゆうから、ほなべっぴんさんのスチュワーデスさんを連れてきてくれとお願いしてたんや。それやのに全然連れてきてくれへんから、ほんまにパイロットなんか⁉︎って疑ってたところなんやで」

「彼女はCAではなく、地上スタッフです」

 総司は苦笑しながら口を挟む。

 大将が驚いたような声を出した。

「こんなにべっぴんさんやのにか⁉︎」

 歯に絹着せぬ物言いに可奈子が唖然としている。今まで関西地方には縁がなかったと言っていたから、頭がついていけていないのだろう。

「大丈夫?」

 総司が小声で尋ねると、目をパチパチさせてから、くすくす笑い出した。

「はい。でもちょっとびっくりしちゃって。ふふふ、本当によく来られるんですね」

 その笑顔に大将が反応する。

「おおっ! 兄ちゃん、めっちゃかわいい彼女やんか。さすがやな」

「え? 彼女⁉︎」

 可奈子がまたもや声をあげて、頬を真っ赤に染めている。

「ええなぁ、こんな彼女、俺もほしいわぁ」

「あ、あの、ち、ちがっ……!」

 思ったことがそのまま顔に出ているような素直な反応を見せる可奈子に、総司の胸はギュッとなる。

 上司と部下という関係はすぐにでも終わりにして、早く彼女をものにしたいともうひとりの自分が言う。

 だが焦りは禁物と、総司はその気持ちに言い聞かせ、落ち着いて口を開いた。可奈子をここへ連れてくると決めた時から大将がこう言うことくらいは予想していた。

「違いますよ、彼女は部下です。大阪の串カツ屋に行ってみたいと言っていたから、連れてきただけです」

「またまたー。いくら言うてもスッチーひとり連れてこうへんかった兄ちゃんが連れてきたんや。ただの部下ちゃうやろー、ま、ゆっくりしていきや」

 大将はそう言って離れていった。

「大丈夫?」

 もう一度問いかけると彼女は頬を染めたまま、こくんと頷く。そして、小さな声で「如月さんの彼女に間違えられるなんて、恐れ多いです」と言った。

「そんなにたいそうなものじゃないだろう」
 
苦笑して言うと彼女は口を噤みなにかを考えている。

「どうかした?」

 尋ねると少し思い切ったように口を開いた。

「よく考えてみたら、迷惑だったんじゃないかと思って……」

 言い終えてしょんぼりとしてしまっている。

 迷惑どころか総司にとっては今日という日が待ちきれなかったくらいだったのだが、もちろんそれは口に出さない。

代わりになるべく彼女を安心させるように気楽な調子で口を開いた。

「迷惑なんかじゃないよ。俺もちょうどステイだったんだから」

 だがそれで彼女は納得できないようだ。
「でも、……如月さんの彼女さんが今日のことを知ったら不愉快に思われるでしょう?」
 
そう言ってまたしょんぼりとする。その様子が、総司を衝動に駆り立てた。

 今すぐにカウンターに手をつき彼女を腕の中に閉じ込めて、どうしてそんなことが気になるのだと目の前にある小さな耳に囁きたい。だがそれはまだ時期尚早と心の中で自分自身を戒めた。

 焦って行動し失敗すれば、彼女は傷ついて警戒し、またパイロットを遠ざけてしまう。

 総司は素知らぬフリで、重要な部分だけを否定する。

「いや、俺にそんな相手はいないから、その点は気にする必要はまったくない」

 さらに少し考えて、もうひと言付け加えた。

「彼女がいるなら、こうやって女性とふたりで食事をするようなことは、俺はしないよ」
 
すると可奈子は一瞬嬉しそうな笑みを浮かべ、すぐに誤魔化すようにおしぼりを手に取って手を拭きだした。

「な、なら、安心しました。……そっか、そうですよね」

「伊東さんの方は大丈夫なの? 彼氏は……」

 今度は総司が問いかける。念のための確認だ。彼女は恋人がいるのに合コンへ行くような人ではない。

「私も、そんな人はいないです」

 案の定そう答える彼女に頷きながら、総司は今夜のうちに次の段階へ進むことを心に決めた。

 可奈子はよく食べてよく話をした。

昼間、総司と会う前に大阪の街を観光したこと、その時食べたたこ焼きの話。

 最後には大将とも親しく言葉を交わしていた。

「串カツってこの雰囲気の中で食べるのが一番美味しく感じるんでしょうね」

 そう言って弾けるような笑顔を見せる彼女が可愛くてたまらなかった。

「また来てやー」と言う大将に手を振って、遅くならないうちにふたりは店を出る。徒歩十分もかからないホテルまでの道のりを、名残おしい気持ちで総司は少しゆっくりと歩いた。

「楽しかったです。それにご馳走になっちゃって、ありがとうございました」

 可奈子の足取りも心なしかゆっくりだった。

「いやこちらこそ、ありがとう。やっぱり食事は誰かと一緒の方が楽しい」

 本心からそう言うと、可奈子が少し意外そうにこちらを見る。

「如月さん、おひとりの方が好きなのかと思っていました」

「いや前にも言ったけど、べつにそういうわけじゃない。リラックスして過ごせるならなんでもいい」

「……同じステイの方たちを誘われたりはしないんですか? コーパイの方とか、……その、CAの方とか……」

 うつむいて言いにくそうに言う。総司はそれを否定した。

「コーパイはまあいいけど、CAたちにはちょっとああいう店はね。だから、伊東さんが付き合ってくれて嬉しかったよ」

 すると可奈子はパッと目を輝かせ頬を染めて「私でよければいつでも」と呟く。

総司はそれを聞き逃さず、すかさずそこへ切り込んだ。

「本当に?」

「え?」

 ひとり言のような言葉に総司が返したことに驚いたのか、可奈子は瞬きをしている。

 なるべく気楽な調子に聞こえるように注意しながら総司は言葉を続けた。

「いや、時々こうやって付き合ってくれるとありがたいなと思って。伊東さんに紹介したい店は全国にまだまだたくさんし。もちろん俺のフライトスケジュールに合わせてもらう必要があるから無理にとは言わないけど」

 その提案に可奈子は一瞬、信じられないというように目を開いて、すぐに嬉しそうに、頷いた。

「もちろんです。楽しみにしています」

 その表情に、困惑や嫌悪といった感情は微塵も浮かんでいないことを確認して、総司はにっこりと微笑んだ。

「じゃあ、フライトスケジュールが決まったらその都度メールする」
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