敏腕パイロットは純真妻を溢れる独占愛で包囲する
偽装結婚
 ガチャリとドアが開く音が玄関の方から聞こえきて、可奈子の胸がどきりとする。
 
午後十時を回った自宅である。総司が帰ってきたのだろう。

彼は今夜、夕食はいらないと言っていたから、可奈子はひとりで食事を済ませ、今はリビングにいる。

一応テレビをつけてはいるが、内容はまったく頭に入ってこない。ロッカールームで由良と話した会話の内容が頭から離れなくて、正直言ってなにも手につかない状態だった。

 彼は計画的に自分に近づいたのだという考えが頭の中をぐるぐると回り続けていた。

 だって思い返してみれば彼女の言うとおり、まったく共通点のないふたりが同じ趣味だったということも、すんなり連絡先を交換したことも出来すぎている話だ。

すべて彼の計画どおりだったと言われた方が自然に感じるくらいだった。

 大阪で串カツを楽しんだ後、ふたりは食べ歩き仲間として連絡を取り合うようになった。

 食べ歩きも好きだけれど各地の土産物を贈ったりもらったりするのも好きだと言った可奈子に、彼はたびたびフライト先で土産を買って来てくれた。

可奈子が好きな甘いお菓子や佃煮などのお惣菜、それからご当地キャラクター。

 同僚たちの目を盗んであの非常階段でこっそり渡してくれるそれらの品を可奈子は喜んで受け取った。すごく嬉しかったのに。

 ひょっとしたらそれも彼の作戦のうちで、そうやって知らないうちに懐柔されていたのだろうか。

「ただいま、可奈子」

 呼びかけられて振り向くと、総司が紙袋を手に立っている。

「おかえりなさい」

 胸の中にある疑惑を悟られないように、可奈子は素知らぬフリで応えた。

 まとまらない考えの中、頭にある疑問をぶつける勇気はまたないから、せめて普通通りにしていなくては。

「はい、お土産」

 差し出された紙袋は、今大阪で大人気の老舗洋菓子店のロールケーキ『オオサカロール』だ。

今まで店舗に行かなくては買えなかったが、空港で買えるようになったのだろう。

 空港に並ぶ土産物のラインナップは定期的に変わる。

彼は新しい物を見かけると、こうやって可奈子のために買ってかえってくれるのだ。

 土産が嬉しいというよりは、彼の気持ちが嬉しくて、可奈子はいつも飛び上がって喜ぶ。でも今はただ胸が痛かった。

 これも結婚を継続させるための作戦なのだろうか。

「可奈子? どうかした?」

 なかなか受け取らない可奈子に、総司が不思議そうにしている。
 
可奈子は慌てて紙袋を受け取った。

「あ、ありがとう! オオサカロールついに空港で買えるようになったんだね。嬉しい、今、お茶淹れるね」

 そう言って、くるりと彼に背を向けてキッチンへ向かう。

普通にしていなくてはと頭の中で繰り返すが、どうしてもぎこちない仕草になってしまう。

リビングからの彼の視線が痛かった。

 彼は可奈子が彼の計画に気付きつつあることを疑っているのだろうか。

 だからこうやって可奈子が食べてみたいと言っていたオオサカロールを買ってきた?

 単純で食い意地の張った可奈子なら、お菓子ひとつでごまかせるだろうと予想して?

 そんな風に考えて可奈子は泣きそうになってしまう。彼はそんな人ではないという思いが頭の中で浮かんでは消える。

 そうだ彼は決してそんな風に人を騙すような人ではないはず。

 パイロットなんて軽薄な人ばかりだと思い込み、彼らを遠ざけ頑なになっていた可奈子の心を溶かしたのは、彼の誠実な人柄だったのだ。

 もし彼が可奈子を騙したのだとしたら、きっとなにか深いわけがあるはず。

よほどの事情があるのだろう。

 可奈子は、キッチンの戸棚からクラシックなデザインの缶に入れられた紅茶の葉出す。

この紅茶も今から使う夫婦おそろいのカップも、彼がロンドンで買ってきてくれたものだった。

カップの中で湯気を立てる琥珀色の液体を見つめながら、加奈子はジッと考えた。
 
彼は計画的に可奈子に近づき結婚した。

日記にはっきりとそう書いてあったのだから、それは間違いない。悲しいけれど、それはもう認めないわけにはいかないだろう。

 彼の計画とはいったいなんだろう。

 この場合、二パターン考えられるのではないだろうか。

 ひとつ目は、可奈子と結婚すること自体が計画だったという場合。

 ふたつ目は、なにか別の目的があってそれを達成する手段として、可奈子と結婚したという場合だ、
 後者なのでは?と可奈子は考えていた。

 だって彼が可奈子と結婚するメリットなどいくら考えても思い当たらない。

それはCAたちの話を鑑みても同じだった。

 完璧な彼にとって、自身の体調管理などは結婚していなくても朝飯前だし、既婚者になったからといって彼の女性人気は衰えない。

 だったら、可奈子との結婚は彼にとってただの"手段"にすぎない、なにか別に目的があると、そう考えるのが自然なのではないだろうか。

 いわゆる、偽装結婚のようなものだろうか。

 可奈子の胸に鉛のように重くて暗い思いが広がっていく。そして疑問はある一点に絞られる。

 彼が可奈子と結婚した目的はいったいなんなのだろう?
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