敏腕パイロットは純真妻を溢れる独占愛で包囲する
スカイスパイというドラマ
 自分たちの結婚が愛情だけで結ばれたものではないと、可奈子が確信してからさらに一週間が過ぎた。

その間、可奈子の頭の中は、彼の目的はなんだろうという疑問でいっぱいだった。

 もちろんひとりで考えていても答えなど出ないとわかっている。真実は総司しか知らないのだから。

 それでも。

 無駄だとわかってはいても、考えないようにすることなどできるはずがない。

 勤務中に耳にする彼に関する噂話や評判が今まで以上に気になった。他の人から見る総司は、自分が知っている彼と違って見えているかもしれない。

もしかしたら彼の裏の顔を知っている人がいるかもしれないと、ヒントを探す日々だった。

 そしてある日の午後、ついに可奈子は、彼の目的を知るための手がかりとなるであろう話を耳にする。その出どころは、やはりCAたちだった。

「あー疲れた。今日のフライト最悪だったね。揺れるし、お客さんはうるさいし、ほんと、天候が悪い時のフライトはごめんこうむりたいわ」

「私もー、頭が痛くなっちゃう」

 フライト終わりの彼女たちがぶちぶちと文句を言いながらロッカールームに入ってくる。

 同じように仕事あがりの可奈子は、部屋でひとり着替えていた。

けれど背の高いロッカーが何列も並ぶ奥にいるから彼女たちからは見えない。

 CAたちはそれぞれに自分のロッカーをバタンバタンと開けながら今日のフライトに関する不満をぶちまけている。

 CAの仕事は華やかに見えるがパイロット同様不規則かつ激務だ。

ロッカールームでこんな風に文句を言っていることはべつに珍しいことではなかった。

「でも如月さんの操縦ならあそこまで揺れなかったんじゃない? きっと田中機長が下手なのよ」

「私もそう思う、やっぱ如月さんって完璧だよねー」

 勝手なことを言って盛り上がる彼女たちの話に可奈子はハンガーを持つ手を止める。

そして、自分がここにいることを知られてはならないと息を潜めた。

 するとひとりのCAが「そういえば」と閃いたように声をあげた。

「私、わかっちゃったんだよね。如月さんがなんであのグランドスタッフと結婚したのか!」

 可奈子の胸がドクンと鳴る。

 ハンガーを握る手に知らず知らずのうちに力がこもった。

「……あんたまだそんなこと言ってるの?」
 別のCAが呆れたような声を出した。

「だってやっぱりおかしいじゃない! 美鈴を断っておいてあの子と結婚するなんて。絶対に契約結婚か、偽装結婚よ」

 どうやら声の主は、以前可奈子と総司の結婚が愛のない結婚だと主張していたあのCAのようだ。

 他のCAたちは「はいはい」「わかったわかった」とからかうように言っている。

可奈子だって前回はフィクションだけの話だと本気にとらえたりはしなかったが、今は少し心境が違っていた。

 こくりと喉を鳴らして、彼女の話に耳を傾けた。

「私、最近海外ドラマにどハマりしてるんだけどさ。ぴったりのドラマがあったのよ! で、これだ!ってぴーんときちゃったってわけ」

「……またドラマ」

「そう! 『スカイ・スパイ』ってタイトルなんだけど、イケメンパイロットの主人公が実はスパイなの。それで正体を隠してパイロットとして世界中を飛び回りつつ暗躍する話なんだ」

「……なるほど」

 同僚たちの気が抜けたような相槌は、彼女は気にならないようだった。

「この主人公がね! 自分がスパイであることを隠すために、同じ航空会社のスタッフと偽装結婚するのよ。もちろん結婚相手は彼の正体は知らなくて、騙されているんだけど……」

「おーぴったりじゃん」

 笑いを含んだ声が応える。

力説する彼女の話を誰も本気にしていないのがありありとわかった。

 でも可奈子はそうはいかない。

なにせ可奈子にはあの日記の存在がある。あれを見た人なら、この話をただの戯言だと笑い飛ばすことなどできないだろう。

「きっと如月さんもスカイ・スパイの主人公と一緒で某国からの重要な任務を背負いつつ、フライトに望んでるんじゃないかな。で、あれほどの人がいつまでも独身なんて不自然だから、騙されやすそうな適当な子と結婚したのよ。正体を隠すために! 絶対にそうに違いないっ!」

「なるほどねー……」

「うん、名推理だね」

 また気の抜けたような返事。

「このスパイ役の俳優さんさー、私大好きなんだけど……」

 そのまま彼女の話は、いかにその俳優がカッコいいかという方向へ向かい、それには他のCAも「知ってる」「わかる」などと同調しだした。

 何列ものロッカーを挟んだ先にいる可奈子だけが偽装結婚という話に取り残されてたままだった。

 息を殺した可奈子の頭に、スカイ・スパイというドラマのタイトルが刻み込まれた。
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