一夜限りと思ったワンコ系男子との正しい恋愛の始め方

その8. 分かること、分からないこと、分かったこと

 先ずは野菜をと、もやしに手を付けてからおにぎりを一口頬張った。やはり『和ちゃん』のおにぎりは、米の良さが際立っている。塩加減も絶妙で、つくづく最後の一個が残っていて良かったなと思う。

 そうして食べることで気を紛らわせると、今度は健斗のことが思い浮かんだ。

 偶然の出会いからついお節介をしたくなり、取っておきのお店としてこの『和ちゃん』を紹介した。それで終わらせればよかったのに、なんとなく夕飯を食べに行く約束をしてしまった。そして素敵なフレンチ・レストランでお酒を頼むときに、魔が差したのだ。

 自分が、酒に弱いことを美晴は自覚していた。正確に言うと、名取に自覚させられた。酒が入ると、甘えたがりになる。人の肌が恋しくなる。名取は酔ってグズグズになる美晴を抱くのが好きだった。

 それなのに、分かっていたのに、健斗が自分と同じスパークリングワインを頼もうとした時にボトルを勧めてしまった。完全にただの思いつきだった。本当は、最初の一杯だけ飲んで終わらせるつもりだったのに。

 明確に健斗とどうこうなりたかった訳ではない、と思う。酒に弱いといっても、量はそれなりに飲める方だ。二人でボトル一本なら、酔ってもせいぜいほろ酔い加減。ただちょっと、自制心のレベルを低くしてみたかった。ほんの少し息をつきたかっただけなのかもしれない。

 それなのに、一夜の遊びをしてしまった。健斗は何度か美晴に酔っていないかと聞いていた。冷静であろうと、誠実であろうと努力していた。誘惑をしたのは美晴の方だ。去年一回だけ袖を通して以降出番のなかった夏のワンピース。背の高い健斗に合わせて久し振りに履いたハイヒール。普段より少し丁寧なメイク。そんなちょっとした選択も、自分の浮ついた心を後押しした。

「一体なにやってるのよ、私……」

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