一夜限りと思ったワンコ系男子との正しい恋愛の始め方
 言葉の意味を図りかねて、健斗が聞き返した。陽平はコーヒーを飲みながら、うんとうなずく。

「美晴さん、いつも笑ってるだろ。ああいうタイプって、逆に心の距離がなかなか縮まんないんだよ。焦って近付き過ぎると一気に引かれるから、じっくり狙っていけ」
「……確かに」

 関係を持ったら即恋人かと思いきや、一からスタートとなったのが良い証拠だ。さすが交友関係が広いだけあって、陽平の考察は鋭い。

「とか言いつつさ、あの人なんだかんだいって今のとこ全部、健斗に合わせてくれているんだろ? 十分好かれているんじゃないか?」
「でもまだ、単なる好意なんだよ」

 努力とは? どうすればこれ以上好きになってもらえるのか?

 先程までの宿題が浮かんだが、追い詰められた気分はなくなっていた。陽平に話すことで、少し冷静になれたようだ。

「ちょっと焦っていた。ありがとう、陽平」
「じゃあこの分も付けて、焼肉奢ってもらうわ」

 そう言って笑うとコーヒーを飲み切り、陽平が立ち上がる。

「帰ろうぜ」
「おう」

 健斗もコーヒーを飲み切り、立ち上がった。



 ◇◇◇◇◇◇



 そして翌週の水曜日。健斗と美晴は予約していたイタリアン・レストランに無事入ることが出来ていた。

 健斗もランチで何度か食べに来たことのある店だ。初回のフレンチのような、店の威圧感に圧倒されることもない。宴会以外はコース料理などない、レストランというより街の食堂(トラットリア)で、予約は席のみ。さすがに昼と違って夜は落ち着いた雰囲気の店内だが、気負うことなくテーブル席に着き、二人は飲み物を選んだ。

「俺はビールで」
「私は……、グラスワインにします。白で」

 前回、酒の勢いで互いに流されたことが念頭にあるのだろう。さすがにボトルを頼む気は無いらしい。美晴の配慮に、健斗がくすりと笑う。美晴はそれに反応して、わざと視線を外すと肩をすくめてみせた。

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