一夜限りと思ったワンコ系男子との正しい恋愛の始め方

その14. つないだ手

「浜守さん……。ご無沙汰しています」

 内側に綺麗にカールされたロングの髪の毛。サマーニットのアンサンブルにレースのロングスカート。フェミニンな装いの彼女は、美晴の会社の別部署の女性だった。美晴は相手を認識した瞬間に口角を上げ、にこやかな笑みを浮かばせる。この相手には、決して不快な表情など見せてはいけない。微笑んでいる(てい)で見つめると、あちらはそこまでの心構えは出来ていないのか、観察するように見返された。

「まさかこんなところで会うとは思わなかったから、びっくりしちゃった」
「私もです。今日はお買い物ですか」

 確かあちらの方がひとつばかり年上だったはず。目上を立てる態度で応対すると、彼女にふっと鼻で笑われた。

「今夜はここでお惣菜買って、彼の家で食べようと思って。ね、アキ君」

 そう言うとくるりと後ろを振り返り、あとからゆっくりとやってくる男の腕を掴んでそのまま抱き寄せる。

「アキ君、ほらやっぱり浅川さんだった。偶然ってスゴイよね」
「こんにちは、浅川さん」
「名取さん。こんにちは」

 美晴の口角がさらに上がり、表面に張り付いた笑みが深くなった。別れた男と、その男の今の彼女。そして、自分。これで役者は揃ったわけだ。

 彼女のやけに挑戦的な態度は、美晴が交際時期が自分と被る元カノだと知ってのことなのか。それとも別の情報を吹き込まれているのか。よく分からないが、どちらにしろ好印象を持たれてはいないことは明らかだ。さすがにため息をつきたくなる。本音を言うと、厄介事に出会ってしまった気分だった。唯一の救いは、今はもう別れてから半年経過していること。直後なら、とんだ修羅場だ。

「浅川さんはなんでここにいるの?」

 名取が気さくさを装って訊いてくる。それに対して美晴も感じよく見える笑顔をキープしたまま返答した。

「お菓子を買いに。再来週から本社に戻るので、今の職場に挨拶用のを買いに来たんです」
「そうか、いよいよ戻ってくるんだね。半年ぶりの本社、お帰りなさい」

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