一夜限りと思ったワンコ系男子との正しい恋愛の始め方
「なにって」
「美晴さん、あいつにずっと笑顔を見せていた」
「うん」
「口の端上げて、作っているやつ」
「え?」

 健斗は教えるように自分の口元を指で示すが、特に美晴の言葉を待つこともなく話を続ける。

「あの本心じゃない笑顔ずっと見せて、美晴さんが早く会話を終わらせたがっていたから、俺も割り込んだ。でもあっちももう一人、連れがいたんですよね。俺すっかり気付かなかったから、出過ぎた真似したかなと思って。だから謝るのは俺の方かと」
「そんなこと無い! 来てくれて、……嬉しかった」
「それなら、良かった」

 健斗はうなずくと、ほっとしたように微笑んだ。表面に現れにくい健斗の微笑み。それが自分に向けられて、美晴はどきりとする。だがすぐにその笑みは消えてしまい、次に浮かんだのは、どこか落ち着きのない困惑の表情だった。

「あと、あの、手なんですが」
「手?」
「あの、このまま握っていても、いいでしょうか?」
「え?」

 言われて自分の右手に目を向けると、健斗の左手にしっかりと握られていた。

「あっ、え?」

 いつこうなったのか慌てて記憶をたどる。名取と浜守に挨拶をして去る間際、自分から健斗の手を握りしめたことを思い出した。名取とはもう関係が切れたことを示すため、見せつけるように健斗の手を握った。でもそれは誰でもいい訳ではなく、健斗だからしたことで。

 その手がいつの間にか握り返されていたことを知らされて、美晴の頬が一気に熱くなる。

「ごめんなさい! 私、」
「いや、あの、このまま」
「はい?」
「このまま、俺が握っていたいんです」

 そこまで言うと、健斗が耐えかねたように視線をそらす。耳元が赤くなっているその姿に、美晴の中で少しずつ育っていた気持ちが一気に花開いた。

「私も、健斗と手をつないでいたい」

 美晴の小さくつぶやく声に応えるように、健斗のただ握っているだけだった手が一瞬離れ、きゅっとつなぎ直される。

 手のひらが重なって、健斗の体温が美晴に伝わる。そうして触れていることで、美晴の鼓動が高まってゆく。すべての神経が、この手に集中する。

 この人が、好きだ。

 泣きたくなるほど強く、美晴はそう思った。



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