一夜限りと思ったワンコ系男子との正しい恋愛の始め方
「……健斗さ、よかったな」

 肉と野菜が交互に刺さった串に塩コショウを振り、焼き網に置いていきながら陽平がぽつりと言った。

「なにが?」

 フランクフルトに串を刺して、健斗が聞き返す。

「美晴さんのこと。粘り勝ちしたなと思って」
「いや、まだ分からないから」
「分からない?」
「距離は縮まったけど、最近会えていなかったから。だからそろそろ改めて交際を申し込もうかな、と」
「お前ら……」

 陽平が中途半端に言葉を切って黙り込む。健斗が不審に思って見上げると、声を殺して肩を震わせ笑っていた。

「なんだよ、それ」
「いやー、お前らって本当にお似合いの二人だよ」

 そこまで言ってから、こらえきれないように笑い声を発し、上機嫌で陽平が串をひっくり返す。

「それでいつ言うんだ? 今日?」
「さあ」

 久し振りに会えた嬉しさと今日の会話での美晴の反応で、今すぐにでも気持ちを伝えたいと盛り上がり、はやる心がある。だが、一つだけ懸念していることが健斗にはあった。

「まあなんにせよ、あともうひと押しだ。ケンケン、頑張れよ」
「おう」
「ビールおかわり、持ってきたー!」
「サンキュー、理恵ちゃん、美晴さん」

 そうしてバーベキューでの時間は楽しく過ぎた。終了の時間となり、片付けると駅まで戻ったのだが――。




「理恵ちゃん、どう?」

 駅の女子トイレから出てきた理恵に、陽平が声をかける。

「うーん、あともうちょっと」
「もうちょっとって?」
「取り敢えず吐くもの全部吐いたんで、今、ペットボトルの水飲んでもらっている。最低限、半分飲むまでは出てこないで下さいって言ったから。あともうちょっと」

 そう言って、またトイレに戻る理恵を健斗は黙って見送る。久し振りに飲酒を解禁したせいか、美晴が潰れてしまったのだ。

 飲んだ量はビールを三杯ほどと大したことはなく、過去に美晴と何度か飲みに行ったことのある理恵が驚くくらいの弱さだった。会場でも特に酔った様子は見せなかったものの、公園から駅まで歩くうちに次第に酒が回り、駅についた途端にトイレに駆け込み、今に至る。

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