一夜限りと思ったワンコ系男子との正しい恋愛の始め方
 早く寝て欲しい。朝が来て、気持ちを切り替えたら、あらためて自分の気持ちを伝えたい。美晴の変な義務感にとらわれた誘惑に乗って、今ここで下手なことをしでかしたら、明日からの関係が壊れてしまう。

 それなのに……。

 暗闇の中、目と耳が冴えた状態で寝転がっていたら、ベッドからため息の漏れる声が聞こえ、次に鼻をすする音が聞こえた。

「美晴さん?」

 思わず起き上がり、彼女の寝ているあたりを凝視する。

「ごめん。なんでもない」

 その声が感情を抑えようとして、震えてる。

「美晴さん、……泣いている?」

 健斗の指摘に、美晴の体がビクリと動いた気配がした。

「本当に、なんでもないから。こんな思わせぶりなことして起こしちゃって、私、酷い……」

 最後まで言い切ることが出来ずに、美晴がしゃくりあげる声が聞こえた。

 どういう思考で泣くまでいたったのか、健斗にはさっぱり分からない。けれど、自分の好きな人が暗闇の中で一人泣いている。その事実に混乱し、焦った。しばらく布団の上でうろうろとするが、意を決してベッドに上がる。美晴の上掛けを捲くると、体をすべりこます。本当はこのまま美晴を背後から抱きしめたかったが、それは我慢して背中合わせに横向きになった。

「健斗……?」
「そっち向くと、自分でもなにするか分かんないから」

 だから何なのか、意味のわからない理由をつぶやいて背中と背中を擦り合わせる。これ以上のことが言えずに、もどかしい思いのままただ横たわっていた。

「ごめんなさい」

 美晴もぽつりとそうつぶやくと、背中をそっと寄せてくる。互いの温もりを、互いの呼吸を、暗闇の中で感じてそして聞いていた。




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