一夜限りと思ったワンコ系男子との正しい恋愛の始め方

その19. おにぎりの具、なんにする?

 真夜中のベッドで涙がこぼれたとき、美晴の心に先ず浮かんだのは悔しさだった。自分の感情を抑えることが出来なかった。それが悔しかったのだ。

 美晴が泣き出したことに気が付けば、健斗はきっと動揺する。そして慰めるために美晴に手を出せば、泣き落としは成功するのだろう。でも美晴は、そんなふうにして健斗に抱かれたい訳ではなかった。そう思うのに、一度たかぶった感情はなかなか鎮まらない。

 実際に健斗に気付かれてしまってからは、もうだめだった。抑えようと思うほどに焦りも生まれ、しゃくりあげてしまう。どうしてよいか分からず途方に暮れる美晴に、健斗はそっと背中をすり合わせた。

「そっち向くと、自分でもなにするか分かんないから」

 美晴の言うことを無条件に聞くのではなく、自分の出来る範囲で、誠意をもって真っ直ぐ付き合おうとする人。

 健斗の不器用な優しさに触れ、次第に美晴の心が落ち着いてゆく。真夜中の思考は、すぐに後ろ向きになってしまう。だから健斗の言うとおり、今は眠ろうと美晴は思った。

 そしてこの夜を越えて朝になったら、自分の想いを伝えたい。たとえ健斗がもう自分のことを好きでなくなっていたとしても――。



 ◇◇◇◇◇◇



「ん……」

 まぶたに光を感じ、美晴の意識が徐々に起きてきた。まだ目をつむったまま、ベッドに身をゆだねている。布団以外のなにかに包まれていて、その心地よさにうっとりとしていた。

 人肌の感触、耳元で聞こえる穏やかな呼吸。いつの間にか嗅ぎなれた匂い。安心感に満たされて、目をつむったまま頬を擦り寄せる。美晴の仕草に応えるように、包まれる圧力がぎゅっと強まった。これは、腕の力。

 あれ?

 自分の状況がよくわからなくなり、ゆっくりと目を開ける。途端に見えるのは、健斗の寝顔。美晴は仰向けに寝ている健斗の左腕に抱き込まれながら、自分も健斗を横から抱きしめて眠っていた。

「っ!」

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